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始まりはMozart
よく晴れた寒い日だった。
マナは、庭に面した障子を開け放してバイオリンを弾いていた。
もう秋だけれど、楽器を弾くと暑かった。
庭先に人影があった。
その人は、マナが大好きな、サクランボの木の横に立っていた。
目が合う。
マナよりずいぶんと大人びた、男の子だ。
彼の横に流した前髪が、秋風になびいてきれいだと思った。
彼はじっとマナを見ていた。
人を値踏みするかのような視線に、マナは耐えきれなくなって、障子から顔を出した。
「どうして私のこと、見てるの?」
それに答えて彼が発した声は、マナが想像したよりも、高かった。
「おまえなんか、見てねぇよ」
彼は意地悪そうに笑った。
マナは頭にきた。「おまえ」なんて言われたことなどなかったのだ。
言い返そうと思ったが言葉が出てこない。よく見ると、眼光が鋭く、怖そうな雰囲気の子だし……。
マナが言い返せないでいるうちに、男の子はサクランボの木の下から、図々しくも庭へ入ってきた。
「勝手に入ってこないでよ!」
マナは今度こそ本当に怒ったのだが、彼は平然として言った。
「弾いてよ」
え?とマナは聞き返す。
男の子は、めんどくさそうに答えた。
「バイオリン、弾いてよ。おまえに興味はないけど、演奏は別」
「おまえなんて言わないで。私にはマナっていう名前があるんだから」
「いいから、弾けよ」
それが人にものを頼む態度かと思ったが、マナは楽器を構える。
庭は客席で、縁側がステージだ。
お客さんはたった一人、態度の悪い男の子だけれど。
(あたしのMozartを聴くがいい)
モーツァルトは弾いていて特に楽しい。
マナはバイオリン協奏曲第5番トルコ風~何がトルコ風なのか分からないが~を歌い上げた。
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