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秘し隠す雨
写真部の美月は校舎の中を軽快に歩いていた。スキップでもなく、ステップでもなく、鼻歌に合わせて歩いていく。
首から掛けたカメラは、小学生の時に親に頼み込んで買ってもらった一眼レフ。今後十年は誕生日プレゼントはなしという約束を交わしてまで買ってもらったものだった。
パシャ。パシャ。誰もいない廊下にシャッター音が響く。
放課後の学校は好き。だってちょっと空気が違うから。
人が少なくなった校舎の中は、まるで異世界のような雰囲気すら漂う。
誰もいない廊下の先で、階段を降りていく影。
揺れるカーテンに隠れるように外を眺める学生の背中。
校庭の片隅に、置きっぱなしにされたカバンたち。
開け放たれた窓からは、それぞれ違う音が響いていた。
美月は大きく息を吸い込む。生温い空気と、ほんのりと雨の匂いがした。
夕立かしら?
そう思いながら歩いていると、少し離れた渡り廊下で楽しそうに話をする男女二人が目に止まる。肩を並べる姿が絵になった。
ファインダーを覗く。いや、正面じゃなくて背後から撮りたいな。
その時、美月が予想した通り突然雨が降り始めた。
二人に目をやると、まだ渡り廊下にいた。雨について話しているのだろうか。女子生徒が空を指さす様子がみえる。
雨は雨で好き。わざと二人を隠しているようじゃない?
ファインダーを覗き、シャッターをきる。
すると指さした女子生徒の手を握った男子生徒が、彼女にキスをした。
学校の渡り廊下、誰もいないとそんな勇気まで出てくるのね。
シャッターをきりながら美月はクスリと笑う。私ってちょっと変態かしら?
カメラを下ろそうとした時だった。覗いていた四角いフレームの中に、一人の男子生徒の姿が入り込む。
その男子生徒は明らかにあの二人を見ていた。
美月はわけもわからない衝動に襲われ、急にその男子生徒を撮り始めた。
何度も何度もシャッターをきる。
彼はゆっくり、まるで雨の中に吸い込まれるかのように歩き出す。
気付くと二人の姿はなく、その男子生徒は雨に降られたまま校庭に立ち尽くしていた。
何故だろう。美月は胸が締めつけられるような感覚に陥る。不意に涙がこぼれた。
あぁ、わかった。きっとあの人は涙を隠そうとしたんだ。
これは私の勝手な憶測。たぶん彼はあの女子生徒が好きだったのね。
好きな人が誰かに奪われる……でも彼は目を逸らさなかった。
彼の悲しみに触れてはいけない。そう思って校舎へと駆け出した。
廊下を歩きながら再び校庭を見る。彼はまだその場に立ち尽くしていた。
徐々に降っていた雨が止み、雲間から夕日が差し込む。
やっぱり夕立だったのね……一瞬の雨だった。
その途端、美月はカメラを構えた。夕日を浴びながら立ち尽くしている彼の背中を捉える。何故だろう。さっきよりも背筋が伸びて見えた。
シャッターをきってから、美月は違和感を覚える。これは違うという気がしたのだ。
美月は雨の雫で濡れた窓ガラスを見つけた。ほんの一瞬の雨。小さく付いた雫越しに、彼の背中と夕焼けが重なる。
パシャ。一枚撮ってから、美月は写真を確認する。
夕焼けに向かって、まるで未来を見据えるような男子生徒の後ろ姿が、雫越しにぼんやりと映る。
雨が隠したのは、二人のキスと彼の涙。
でも君は前に進もうとしている。
私は君のその想いの見届け人。雫越しに見て見ぬ振りしてるけど、心から応援してる。
大丈夫。夕立はほんの一瞬。その悲しみを洗い流して、夕焼けが君の背中を押している。
「あっ、虹……」
空に架かる虹を見つけ、美月はふと『オーバー・ザ・レインボー』を口ずさんだ。うん、未来は希望に溢れてるはず。
そしてまたスキップでもなく、ステップでもなく、音楽に合わせて軽快に歩き出すのだった。
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