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──ああ、あなたに敵うひとなんて一人だっているはずがない。
蓋をしたところで奥底の想いは少しも消えない。熾火のように情熱が燻っていたに過ぎないのだ。薄っぺらい蓋を剥がしてしまえばほら、今でもこんなにアキが好き──
再び指輪に愛が灯されてしまえばもう自分を偽れない。手にしていたスマートフォンにて、早速電波を飛ばした。
「タカにぃとはこれから食事に行くんだけど……あのね、今夜部屋に行ったら私、佑規に話したいことが──」
『うん。早々に掛けて来るだろうと思ってた。いいよ今で。……お試し期間終わりにしよう、みゆ』
こんな大事な話を電話で済ませるわけにはいかない。直接彼の目を見て、できるだけ誠意をもって今の心境を伝えるつもりでいたが、佑規は言下に遮った。
『じつは昨夜、お兄さんが俺に会いに来たんだ』
「タカにぃが?」
『うん。すごい勢いで謝られたよ。妹が本当にすまないって。それでようやく俺も限界を察した』
佑規と三人で食事をした日。酔い潰れた私は兄に変な愚痴を零した。おそらく、心の奥底に追いやっていた本音を。それを聞いてしまったがゆえにタカにぃは彼の元を訪れたのだ。『妹は君を選べないと思う。すまない』と。
「──っ本当に、ごめんなさい。佑規の優しさに甘えて、なのに結局私は自分が立ち直るために佑規を利用し──」
『傷心につけ込んだのは俺だよ。本当はずっと前に気づいてた。あの男に俺は……誰も敵わないだろうって。それが解っててつけ込んだし、まだ傷が癒えてないみゆに指輪を渡して俺のものになるよう急かした──俺のほうこそ、ごめん」
違う。佑規がそのつもりだったとしても、佑規の隣りにいようと決めたのは私だ。なのに、こんな時すら私を悪者にさせてくれない。
「指輪……」
佑規からもらった婚約指輪は、彼の部屋に置いてある。プロポーズに応じる気になれたら、その時持って帰ってほしいと佑規に言われて、今もオルゴールの中で眠っている。
『いいよ気にしなくて。本来三年前に処分すべき物だったんだ。……あっちがみゆを手離したんなら今度こそいけると思ったんだけどな。みゆのお兄さんはどっちも手強すぎた』
スピーカーの向こうから、ははっと笑いが漏れる。
佑規の存在に救われたこと。一緒にいた時は紛れもなく心穏やかで幸せだったこと。謝りたいこと。佑規には心から幸せになってほしい──彼に伝えたい言葉はたくさんあった。だけど。
「──佑規。ありがと、うっ」
すべては声にならなかった。この一言がすべてのような気がした。佑規は最後に『みゆが幸せになれますように』──この一言を残して、私との縁を絶ったのだった。
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