溺れるカクゴ

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 耳と目を疑った。吐息に温度を感じない。その奥の瞳は、生命力が欠けたビー玉のようでもあった。 「……さむ、い」  夜風から身を守ってくれていたものがなくなったのだから、当然だ。音も立てずに撫でる夜風は、冷たく身体に染み渡る。アキはあれを最後に、この場を離れて行った。かたや私はまだ一人、非常扉の向こう側にいる。  中途半端に乱れている浴衣を、たどたどしい手つきで直す。そうしているうちにも、ショーツを濡らす蜜は溢れ続けているし、目からは勝手に雫が落ちる。 「……なんも、解決してないよアキ……っ」  怖かった。初めて見た、あそこまで冷めきった顔は。怒ってるなんてものじゃなかったんだ。その原因はなに?  私がイケナイ関係にグズッたから?  男の人に隙がありすぎるから?  呆気ないくらいアキに感じちゃったから? 愛想尽かされたってこと?  ……解らないけど。乱暴にした挙句に大した会話もなく突き放され、身も心も凍りついてしまった。 「あ……みゆ。大丈夫だった? 麻生さんに何もされてない?」  そんな、からっぽの心に次に吹いた風はあたたかく、そして柔らかなものだった。  館内へと戻り、とぼとぼと廊下を歩いていると、ある時、肩に手を置かれた。探しに来てくれたであろう、奈緒のぬくもりだ。 「うん、間一髪で沢田くんが助けてくれて、なんとか」 「え? 沢田? 主任じゃなくて?」  なんとか普通を装った。けれど「主任」の単語を耳にした途端、足の力が抜けてヘタッと床に座り込んでしまう。  私を置いて消えたくらいだ、もうアキの優しさに触れられることは無いのかもしれない。そしてそれはいずれ私ではない他の誰かのものになる。  後で苦しい思いをするならと、アキの手を取ることを躊躇ったのは私なのに、それなのに私は、未練がましく唇を噛んで、声を上げて泣いた。
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