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「……大丈夫?」
「ごめんね、ずっと」
ロビーの一角のラウンジに、ぽつり、ぽつりと会話がもれる。奈緒が買ってくれたホットココアの缶は、ゆっくりと私の温度に馴染んで、ちょうどいい熱さになった。その間、奈緒はただそこにいてくれた。こんな時に友達の有り難みをしみじみと感じる。
「いいのよ、どうせ今部屋戻れないし。で? その涙のわけは麻生さん? それとも主任?」
噴き出していた涙がじんわりと瞳に溶け込んだ頃を見計らい、無駄のない問いが沈黙を斬った。
「おこ……らせちゃってっ」
ずずっと鼻を啜ると、主任のほうねと奈緒は浅く頷き、おもむろに煙草に火を点ける。その、一口目の煙を吐き出すまでの、穏やかで優雅な流れを目で追っていたら、途端に、対面の瞳孔が大きく開いた。
「もしかして、みゆも好きなの?」
──みゆ、も?
そもそもどういった思考回路がそう導き出したのか。否定することも忘れて、奈緒に負けじと目を丸くする。
奈緒は普段からよく人のことを見ている。勘の鋭い彼女のことだから、ここまで踏み込まれてしまったなら、もう何を隠しても無駄な気がした。覚悟を決め、控えめに頷く。
「そうなんだ。まさか両想いとは思わなかった、付き合ってるんだ?」
「どうかな、そうはっきりとは。軽蔑、したよね。兄妹でなんて」
「別に? 私も人のこと言える立場じゃないし。本気なんでしょ、じゃないとそんな恋愛しようと思わないものね」
「驚か、ないの?」
「え、十分驚いてるんだけど」
なんてさくっと言うけれど、落ち着きはなって煙草を吸い続けている素振りからすると、どうしてもそうは見えない。
「で、何があったの。主任との男女関係どうなってるの? 全部聞いてあげるから」
面倒な私も、イケナイ関係すら包み込んでくれる奈緒がとても頼もしい。また一人きりで抱え込むのも限界だった。すっと顎を引き、再会からの一連の流れを話すことにした。
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