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対して私は、平々凡々である上に、何に対しても臆病。そんな女に、ワンナイトの経験など一度だってありはしない。
なんて大胆なことをしてしまったんだと、明日の私は自分に驚き、後悔に苛まれること間違いなしだ。
ぼんやりとわかっていても、これから起こるであろう、めくるめく経験への好奇心はしっかり胸の奥に燻っていた。
親の敷いたレールから踏み外したことはない。数少ない恋もかなり慎重だった。女友達から聞く一度きりの関係とか、体だけの関係に、正直少し憧れたこともあった。
何一つ冒険できない自分が、つまらない女に思えて。
「少し触れただけで期待して。本当に分かりやすい女だな」
吐息のかかる近距離感、目が眩むほどに鋭い眼差し。無言の威圧感で、心も身体も縛られた感覚に陥る。
目の前を通り過ぎゆく、逞しくも綺麗な指先。それに長く伸びた髪の一束を持っていかれてしまえば、言葉まで奪われた。
「欲しいならくれてやるよ」
「っ──んぅ!」
「あげる」と上から放っておきながら、壁に打ち付けられるほどの強さで唇を重ねられる。
大量の水が滴る中で、渇望に近い彼の性急さがやけに心地いい。くらくらするほどの酔いも手伝って、自ずと彼の脇の間に手を伸ばし、肩下辺りのワイシャツを握っていた。
幸い、嫌な心地はしない相手だ。
名前も知らない。きっともう会うこともない。人生一度くらい、正しいレールを踏み外してもいいんじゃないかな──そんな気すらしてしまう。
ねぇ。一夜の過ちって、赦されるのかな──?
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