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約束のアカシ
【side✴︎アキ】
「仮にも病み上がりだろ。みゆをこんな酔わせてどうすんだよ」
お品書きはない。全料理時価。そんな高級料亭でろくに料理にも手をつけず、いい酒をたんまり堪能した桜木三兄妹。店から出た俺達は、車を拾うため大通りへと歩を移していた。
「まぁいいじゃねぇかこんな日くれー」
「毎回だろ」
「……まぁでも娘がこんなんじゃお袋また心配するなぁ。致し方ねぇ、今夜はお前んとこで寝かせてやれ。実家には俺から連絡しとく」
兄二人の前を蝶々のようにふわふわと舞っていた妹が、突然に振り向く。みゆは覚束ない足どりで兄貴に近づき、ぎゅっと腕を組んだ。
「タカにぃ大好きー」
「ほら可愛いだろう? 俺に感謝しろ、感謝を!! だがな、早速襲ったりすんじゃねぇぞ。それは認めてないからな~」
医務室ですでに襲ったこと知ったらまた殴られんだろうな。などと軽く自嘲しつつ、俺は口を尖らせる。
「酔った女に欲情するほど盛ってねーよ」
「相変わらず冷めてんなぁ。みゆに嫌われんぞー」
「いーの! 冷たくても好きぃー!」
思いのままに舞うさまは誠に蝶々のようだ。兄貴という植物から離れたみゆが今度は俺の手を握り出した。
「はぁ。お前ら見てっと女に会いたくなって来んな~」
「……、岩崎さんか?」
「兄弟揃って不純だよなぁ。アキ、みゆを大事にしろよ。そんで……、責任はきちんと取れ」
兄貴は気まずそうに頭を掻く。最後に俺にぼそりと言い残し、タクシーに乗り込んだ。
兄貴の言う「責任」を俺は唐突に理解した。恐らく時期が来たら「きちんと締め括れ」と言いたかったのだろうと。俺達の猶予はあと……どれくらい残っているのだろうか。
「あれ~タカにぃもー帰っちゃったのー? まだ飲みたかったのになー」
みゆは兄貴の乗ったタクシーを虚ろな目で追っている。こちらも車を停めようと俺が手を挙げた、そのとき──
「もう、一人にしないでねー?」
艶やかな唇が心もとなげに口にする。そのどうしようもない可愛さは胸に迫るものがあり、衝動的に、思い切りみゆをかき抱いた。
さらさらの髪からはいい匂いがする。腰に回した手の位置の安定感。その全てに愛しさが零れ落ちる。お前を手離すなど、身を引き裂かれる思いはもう沢山だ。猶予が一生あって欲しいと、腕に手にありったけの願いを込める。
「させるかよ──」
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