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「りこん?」
首を傾げた颯太を見て、美夏は口元に人差し指を立てた。先生や母親がよくやる「静かにしなさい」の合図の真似事だ。
時刻は夜の九時過ぎ、明かりを消した部屋の中で、二人きりの作戦会議はひっそりとはじまった。
美夏はタオルケットに潜り込むと「おいで」と手招きをして、もぞもぞと入って来た颯太に耳打ちをした。
「りこんっていうのは、おとうさんがいなくなるってこと」
「おとうさん、いなくなるの?」
「うん。このままだと、いなくなっちゃうの」
暗いタオルケットの中、颯太の顔は見えないが、鼻を啜る音がする。
美夏は小刻みに震える弟の背中を、母親のようにやさしくトントンと叩き、小声で囁いた。
「だいじょうぶ。おねえちゃんが、いい作戦をかんがえたから」
ここ最近、両親の仲が悪い。
夜な夜な寝る頃になると聞こえてくる両親の会話の声は、美香の同級生から聞き齧った『離婚』と重なっている。
颯太の震えが落ち着くのを感じると、美夏は頭をポンポンと叩いて言った。
「だから、颯太もおてつだいしてくれる?」
「うん! ぼく、おとうさんのためなら、なんでも──」
美香の人差し指が再び立てられる。
隣の部屋から聞こえていた両親の会話の声が、次第に大きくなってきているのを感じていた。
「だから、仕方ないだろ」
「あんたはそれでいいかもしれないけどね、振り回されるこっちの身にもなってよ」
いつものやさしい声とは違い、少し怒気を含んでいる。
事態は深刻だ。
しばらくタオルケットの中で身を寄せ合っていると、ドアの前に足音が近づいてくる。
二人はひょっこりと顔を出すと、目を閉じた。
スリッパの足音から察するに、母親の恵子が様子を見に、偵察に来たのだ。
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