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「なんでおかあさんの傘は、まっくろなの?」
今まで疑問に思ったこともなかったが、美夏は母親の恵子が持つ傘の下で、真っ黒な傘を見上げながら訊ねた。
たまたま向かいから歩いて来た友だちとその母親が、ピンク色のかわいい傘をさして歩いていたのだ。
「これはね、お父さんにもらった傘なのよ」
「おとうさんに?」
「そう。お父さんにもらったの。ちょうだいって、お願いしたのよ」
正直、理解に苦しんだ。
全然かわいくないし、なんだか暗い。ピンクの傘をさした友だちとお母さんは、まるで雨を楽しむように、明るく輝いて見えていた。
「ふーん。なんで?」
さすがに地味とは言わないまでも、それとなく聞いてみると、予想だにしない答えが返ってきた。
「それはね。この傘がきっかけでお父さんと結婚することになったから」
長靴で歩きながら聞いたそのあとのエピソードは、小学生に入る前の美夏が聞いても、ドキドキするような内容だったことを覚えている。
突然の夕立に、慌てて走って躓いてしまった女性と、そこへ訪れた男性。
二人は相合傘で歩き、その傘はそのまま貸すことになり、それを返す約束をして、再び再会をして、仲良くなって。
「運命、かなぁ。この雨も、傘も」
「うんめい?」
「フフ、美夏にはまだ早すぎるかな」
その時見上げた傘を持つ母親の顔は、いつも以上に穏やかで、少しだけ恥ずかしそうにも見えた。
美夏にとっては、初めて見る母親の表情だった。
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