夕立と黒い傘

5/9
前へ
/9ページ
次へ
「うんめいの、かさなのよ」 「……うんめい?」 「フフ、颯太には、まだはやすぎるかな」  作戦実行を控えた前日の夜、暗い部屋で最後の作戦会議が行われていた。  大切な傘だ。  万が一、颯太が慌てて躓いたり、テンションが上がって作戦を口走ったりしたら台無しだ。隠されるかもしれない。  その大切さを説くために運命の傘のエピソードを話したが、どうやら男の子にはさっぱり伝わらないらしく、颯太の瞼は閉じたり開いたりしている。 「とにかく、颯太は、わたすだけでいいから」  コクリとうなずいた颯太は、スヤスヤと寝息を立てはじめた。  隣の部屋からは、相変わらず両親の声が聞こえてくる。 「もう、決まったことだから」 「そう……仕方ないわね」    やがて会話も終わり、両親が部屋に入ってきた。  美夏はまだ起きている。このあと、颯太にも内緒の仕込みをしなくてはならない。  美夏の頭の中では、会話やこれまでの経緯を聞くかぎり、父親の正樹の行動に対して、母親の恵子が腹を立てているという構図が出来上がっていた。  しかし美夏は知っている。  父親の正樹は頑固でなかなか本当のことを言わないが、母親のことを、とても大切に思っている。  母の日や誕生日は、美夏と颯太を連れて、こっそり買い物に出かける。  一番プレゼントに悩むのに、せっかく決めたプレゼントを渡すのは、いつも美夏と颯太だ。  母親から御礼を言われるのも、当然美夏と颯太だ。  プレゼントを渡すときには、決まってお手紙を書かされる。 「お母さん、いつもありがとうって、書くんだぞ」が口癖だ。  その気持ちを、なんとかして伝えたい。  怒らせてばかりいるのであれば、なんとかして伝えてあげたい。  両親の寝息が聞こえはじめる頃、美夏はむくりと起き上がった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加