prologue

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 あの日。小さな集落で生まれ育ったというのに上手く人と馴染めず、いつものように一人朝から近くの森で木の実を集めていた私は、自分以外の人間が森の中を歩いていること、そしてその人間を魔物が狙っていることを、森で長く過ごすことで培った勘やその場の気配、そして何より友達の情報から把握し、己や友達が巻き込まれない為にも、仕掛けていた破裂音が鳴るだけの罠を使って手を出した。  それに魔物が驚いたことで気配を察したのだろう。近づいてきていた人間は魔物の不意打ちを喰らうことなく、むしろ狩ることに成功したようで、少しして血の匂いを僅かにさせながら、こちらに顔を見せた。  目が合った瞬間お互いに一瞬時が止まったように動きを止め、私は僅かに呼吸を乱した。驚いたのだ。正直知らない人間など恐ろしい上に、関わらないで欲しかったのでそのまま逃げようとしたのだが……、声をかけてきた彼の第一声は、柔らかくそしてこちらに興味を示す声音で。  すごいな君、テイマーなんだ、だった。  テイマーが何かわからず困惑する私に、動物と仲良くなれる人のことだ、と笑った彼は、肩に乗る小鳥と、私の足元で警戒しながら唸る子狼を指してそういったのだ。  集落の人ですら苦手なのに、外の人だ。警戒もあって強張り、上手く話せない私が逃げ出す前に、彼は助かったと丁寧に頭を下げた。それに驚いて逃げ出そうとしてひっくり返った私が木の枝で足を傷つけると、彼は僅かに眉を寄せ、恐らく貴重品だろう液体……ポーションを小分けにした小瓶を、そっと地面に置き、少し離れて使えと言った。さすがに罪悪感を覚えて私は逃げ出すのを諦めたのだ。  彼はそのまま、ややつっかえながらテイマーについて、一定の距離をとって教えてくれた。  テイマーはすごく珍しいわけではないけれど、なれる人は少ない方なのだ、と。  そうして自分の旅の目的が冒険者になることであることを語った彼は、私にこの周辺について尋ねた。どうやら集落について知らなかったようで、宿に相当するものはないが行商人や旅人の休憩所はあるので一泊くらい問題ないと思うと伝えると喜び、情報収集がてら、雑談と称して冒険者のことをいろいろ教えてくれた。そして軽い調子ではあったが、テイマーとして冒険者にはならないのか、と私が考えたこともなかった道を教えてくれた。  今思えば、私が集落のことをたどたどしく話す中で、彼は私がそこに居場所を見つけられずにいたのを、察したのかもしれない。  そうして話しているうちに遅くなり、一泊したいという彼を案内した先で集落の若い男に見つかり、そのひ弱そうな男と逢引しに森にいたのかと揶揄われた。  どうやら私の立場を確信したらしい少年は、もうすぐ親……というか集落の大人たちの決めた相手の二番目か三番目の妻になるのだと会話の中で察して、冗談ではなく私に一緒に冒険者にならないかと誘いをかけた。「ミナと一緒なのは楽しそうだ」と。  正直、その話に惹かれなかったかといえば嘘になる。けれど人との関りを苦手としていた私は大きな街など自信がなくて、そしてこんな私を誘う理由は……恐らく少年は私を放っておけずにいるのだと、迷惑をかけていると察してしまい……迷ってしまった。  その後家に戻ってすぐ、両親になぜか外へ連れ出された。私はそこで集落の若い男に、阿婆擦れめ、と襲われたのだ。  いくら違うと話しても聞いてもらえず、両親はとっくに姿を消しており、恐らく婚姻の相手候補だったのだろうその若い男に床に引き倒されたところで、ユーグリッドがそこに飛び込み私を助けようとして……集落中に、怒号と悲鳴が響き渡った。それは決して私たちが起こした騒動ではなく……ひどいタイミングで集落は、ならず者のふりをした国の手先の者たちに襲撃されたのだ。  何が起きてるのか、わからなかった。  ──こいつらも使えるから連れていけ。そう話す魔術師に率いられた集団に、ユーグリッドが庇おうとした私と、その家族、そして近所の数人を人質として連れ出され、残りは全て焼かれた。小さな狼である友達もその時死んだのだ。  何もかもが、あっけなく炎に飲み込まれたのである。
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