最初の街ドルニグ(中編)

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 ふわ、ふわり、するりとユウの指先が髪や頭に触れ、かすかな風と共に多すぎる水分が消えて軽くなっていく。時折櫛で梳かれ、じゃぶじゃぶと洗い物を水に浸しながらも気持ちよさに動きが鈍くなると、寝るなよ、と釘を刺された。 「大丈夫だよ」 「どうだか。前科がある」 「一回だけだよ!」 「一回でもあれば十分だっての。男の前でそう簡単に……いや、ミナの場合気が抜けすぎなのは俺の前だけだったな。足して割ってくれればいいものを」 「そう言われましても……ねえユウ、今日アルラウネと戦ったばっかりなんだぞとか言ってたけど、あのアルラウネ、綺麗だと思ったの? それでその気になった?」 「その話題振ってくるなよ」 「いや過信するなから始まって話題振ってきてるのユウでしょ、理不尽な」  ぽんぽんと繰り出される会話は言葉だけならどこか色を感じるものでありそうなのに、声音にそういった雰囲気がまったくなく、互いに互いを異性だと認識しているのにまるできょうだいのようだと感じて、ああこんなところが『兄妹』に見られる原因なのかと気づいてしまった。  好きかと問われれば好きだと答える。それは恋愛感情かと問われれば、首を傾げる。私からすれば、それより先にただ一人の仲間である。同志である。無二の相手であると感じる様な何かがあった。初めて知った独りではない死の経験がそうさせるのだろうか。  ユウもユウでこういったことで苦言を呈することはあるが、私たちの間に色めいた空気が広がったことは一度もなかった。この前宿のベッドが並んでいることに照れはあったがあくまで一般的な状況への戸惑いが一時あっただけで、結果が両者爆睡だったのだからわかりやすいだろう。  ではなぜユウがこういったことを注意するのかと言えば、それはユウが自分を信用していない節があるせいか。今は完全に制御しているとはいえ、魂核融合の影響であるように思う。なにせユウは……その為に、ある魔道具を手放しはしないのだから。 「ミナを傷つけるつもりはない。けど俺がいつ、本能だなんてよくわからないものに支配されるかわからないだろ」 「アルラウネ、綺麗だった?」 「だから……いや。あれはマンドラゴラと同類だと思った。草だな」 「それで理性が試される話になるのはつまり、植物を前にしてユウの理性が揺らぐと思えばいいの? それともアルラウネ遭遇時の状況のせい?」 「前者は不本意すぎるぞこら。……まぁ後者も……正直ないな、人の見る趣味は。いいからお前はもう少し…………ま、いいか」 「諦められた」 「俺はじっくり時間をかけて互いの理解を深めるタイプだっただけだ、覚えておけ」 「不穏!」  洗ったものを軽く絞りながら、上を見上げてユウの顔を下から覗き込む。悪戯っぽい笑みを浮かべたユウが、ほら貸せ、と私の手から洗い物を受け取り、ぎゅっと絞ってくれた。  ぼたぼたと落ちる水が跳ねないように腕を降ろしたユウは未だに私の後ろであり、私はその腕の間だ。身動き取れず全部絞り終わるのを待って、私たちは二人で張りなおしたロープにそれを干した。風で乾かしてもいいが、少し部屋が乾燥しているので乾燥対策である。  肩に乗った銀の髪はいつものようにひっかかることなくさらさらと零れ落ち、思わずにんまりと笑みを浮かべてその日は機嫌よくベッドに潜り込んだのである。
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