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「パパーもっと押してー!」
いつもよりはしゃいだ5歳の息子の声が青空に響く。
昨夜雨が降ったせいか、土の匂いが濃く感じられる。
小学校時代の同窓会に出席する為に親子で実家に帰省し、近所の公園に遊びに来たのだ。
遊具はすっかり今時のカラフルな色遣いで塗り替えられていたが、もの自体は俺が幼少の頃と変わりなかった。
お気に入りだったブランコで、今は自分の子の背中を何度も押している。
「もっと強く押してー!」
やれやれ、やりはじめたらキリがないが、やはり男の子だからなのか、より勢いを付けたいようだ。
しまいには「おじちゃん、僕も押してー!」と、左右のブランコを漕ぐよその知らない子達まで頼んでくる始末。
夜には同窓会があるのに、早くもヘトヘトになってしまいそうだ。
「しっかし、変わらないなあ」
「嘘だろ、立派にオジサンじゃねぇか」
「言ってるのは中身の話だろ」
「いや、お前の場合は髪の量も変わってるし」
乾杯、口々に遠慮の無いことを喋り出す。
学年全体(と、言っても集まったのは30人弱だが)での集まりが散会になった後、特に仲の良かったヨウジ、トオル、ケイスケと4人で昔からある駅前の居酒屋に入った。俺以外は皆近場で就職するか家業を継いだりして地元に残ったままだった。
「子供の時はまさか自分がこんなオジサンの店に入るなんて思ってなかったなあ」
「だから、オジサンだって」
それからしばらく幼少時代の話に花が咲いた。
よく行った駄菓子屋、好きだった女の子、教室で消火器を誤作動させて大騒ぎになった時のこと、そしていつも遊んでいた公園------
「あ、俺今日昼間子供連れてその公園行ったよ。あんまり変わってなくて懐かしかったな。
ヨウジも子供いるんだろ。今でもまだ良く遊びに行ったりするのか?」
当然肯定のリアクションが返ってくると思っていたその時、ヨウジの顔からさっと表情が消えた。
見ると他の2人も同じ様に黙り込み、顔を見合わせている。
「え、俺なんか変な事言った?」
「なんだよ、お前、覚えてないのか?」
更に質問で返され戸惑っていると、ヨウジがトオルの肩を掴み、首を横に振った。
「こいつは高校から県外の寮に出てたから、多分忘れちまったんだろう。ずっとこの町に暮らしてた俺らと違って。なにしろ20年以上前の話だからな」
一体何の話だ。
確かに自分は全寮制の高校に入って以来、実家を出たままで、たまの帰省でこの町に帰ることは年に一度くらいだった。
「あの公園で一緒に遊んでたのはさ、俺たちだけじゃなかっただろ」
「え?」
予想外の言葉に、思わず声を上げる。
「いつも5人で遊んでた。1人足りないんだ」
「た、足りないって」
他の3人の顔を見回す。誰も冗談を言ってるような顔ではない。
と、同時に記憶の底からじわじわと何かが浮き上がってくる感覚があった。
「小5の夏休みだったよな。俺ら夕方遅くまであの公園で遊んでたんだ。かくれんぼしようってことになって…薄暗くなる中、確かお前が鬼で、皆は隠れたんだけど…
俺ら3人は見つかったが、最後の1人ジュンだけ、いくら探しても出てこない。しまいにゃ皆で公園周辺まで探し回ったけど、それでも見つからなかった。
もう夜になるし、家に帰ったのかもしれない、と言うことになって、結局その日はそれで解散になった。
でも」
変な汗がぶわっと出た。と、同時に夕闇に包まれた真っ赤な公園の遊具と黒く染まって行く土の地面が脳裏に浮かぶ。
「それ以来、あいつは見つかっていない。誘拐だとか神隠しだとか当時は言われたけど、今日まで手がかりすら発見されないままだ」
「おーい、もうおばあちゃんちに帰るぞ。ママも待ってるし、
パパ、これからお出かけしなきゃいけないんだ」
ベンチから立ち上がり、公園内をウロウロしている息子に声を掛けた。日も暮れてきた。そろそろ支度をしないと、同窓会に間に合わない。
子供達はいつの間にかブランコに飽きてかくれんぼを始めていた。初対面でも抵抗なく遊べるから、子供ってのはすごいなと感心する。
「えー、ちょっと待ってよー」
「ダメだ、もう時間だ」
ごねる息子に歩み寄る。
「あと1人見つかったら終わりだから!」
どうやら息子が鬼で、最後の1人が見つからないらしい。
辺りを見回すと、他の既に鬼に見つかった子供達は今度は早くもジャングルジムで遊んでいる。
「んー?あれで全員じゃないか?」
「違うよ!1人足りないもん」
「他にいたか?」
あまり注意深く見てなかったから誰がいないのかよく分からない。ぱっと見あれで全員な気がするのだが。
すると息子が抗議の目で俺を見てこう言った。
「もう!パパったら。
さっきパパもブランコで背中押してあげてたジュンくんて言う赤いTシャツの子だよ!」
ダメだ、何度思い返してもそんな子は記憶ない。
「もう帰ろう。きっとその子も家に帰ったんだ」
ごねる息子をなだめすかし、公園を後にした。
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