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幼い春
私は、楽しいことしか好きじゃない。
だから、理屈っぽい許婚との時間は好きじゃない。つまり私は、彼なんて嫌い、のはずなんだけど――
「好きじゃないからって、嫌いとは限らねえってこった」と、私が唯一尊敬している大人が言うから、わけがわからなくなってしまった。
「どうして? 好きじゃないってことは、嫌いってことでしょう」
「んー? 好きじゃないってことは、好きじゃないってことだろ。嫌いは嫌いであって、好きじゃないとは別物だ」
「『好きじゃない』は『嫌い』じゃない……好きでも嫌いでもない……。それなら、私は彼のことをどう思っているの?」
悩む私を見て笑う先生は、なかなかいい性格をしていると思う。
ぐちゃぐちゃな頭を整理するために、私はすぅ――と息を吸った。
先生はいつも、着物にお香を纏わせている。
昨日も今日も、春の香りだ。
いい香り。
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