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絶望の淵
ガシャン!と音を立てて文机の上の物が床に散らばった。インクの蓋が外れて絨毯の上に黒い染みを広げていく。
物に当たったジャンの目の前に広げられている手紙の封筒と紙には王家の刻印が押されている。あれから1週間が経ち、この手紙は先程届いたものだ。
そこにはプラディロール家の財産の7割を罰金として支払うことを命じる旨が記載されていた。
おまけに王宮医への慰謝料として財産の1割の支払いも追加されている。
全部で8割だ。これでは事業に回す資金が足りないどころか生活すら危うい。
「何故こんなことになった……!」
力任せに机に拳を叩きつける。
罰金の他に、王城への立ち入りを5年間も禁止された。これでは貴族としての権威も失い、いい笑い物にされてしまう。
そのうち仕事も立ち行かなくなり貴族の称号も失いかねない。
ミシェルさえあんな真似をしなければ。
そうだ、この失態を知られればブラン伯爵家との縁談も破棄されてしまう。そうなれば頼れる先もなくなる。
当のミシェルはあれから自室に閉じこもり魂が抜けた抜け殻のようになっている。妻のセリーヌは子爵家が置かれた状況とそんなミシェルの様子に滅入ってしまい体調を崩した。
長年信じて疑わなかったが、まさか仮病を使っていたとは。
王宮医が魔法を駆使して診察した結果、ミシェルにはなんの疾患もなく健康そのものだと診断された。
罰金の支払いは今月中と記されていた。今月はまだ始まったばかりなので僅かに猶予はある。
金を借りて回ることも可能だが、それでは貴族としての面目がたたない。
「どうすればいいのだ……」
文机に手をつき、ジャンは項垂れるしかなかった。
それから数日後、ジャンの危惧していたことが起こった。ブラン伯爵家から呼び出しの手紙が届いたのだ。
日時が記されている以外は書かれていないが、十中八九王宮での件だろう。
キリキリと痛む胃のあたりを抑え、ジャンは1人馬車に揺られブラン伯爵邸へ出向いた。
着いてそうそうブラン家の執事の案内で応接間に通された。
ブラン伯爵邸はプラディロール家と比べると少し広いくらいの大きさだ。そのかわり置いてある調度品やなんかはどれも素晴らしく目を引くものばかりだ。
「プラディロール子爵、待っていたよ」
中に入るとソファーに腰掛けていたブラン伯爵が立ち上がることもなくジャンを出迎えた。
キャラメル色の髪に濃い緑色の目をしたジャンと歳の近い彼はミシェルの婚約者であるジェラールとよく似ているが、薄く微笑むその目は冷ややかにジャンを捉えている。
それは全てを知っている顔だった。
「あ……ブラン伯爵、申し訳ございません……」
青ざめた顔で突然謝罪をしたジャンに思わず失笑を漏らしたブラン伯爵ことフィリップ・ドゥ・ブランは、表情を改めてジャンにソファーに座るように促した。
ここ数日でやつれてしまったジャンは既に疲弊した様子で腰をかけた。これから何を言われるのかを考えただけで胃の痛みが増す。
「話は聞いているよ。婚約者を次女のほうと変えたいと言われたときから予感はしていたが……どうやら貴殿は次女のほうの教育を間違っていたようだな」
淡々とした口調で痛いところを突かれジャンは言葉もなかった。
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