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男達の思惑
「――……そうか、まさかそこまで無知だったとは思わなかったな」
自分の執務室にてシャルルの報告を聞き終えたロシュディは文机の前に腰掛け苦笑を漏らした。
騎士隊の宿舎も魔道士宮も、全て王宮の敷地内にあるということは貴族であれば誰でも知ることだと思っていたが。
「これは認識を改めるべきかな」
「いえ、彼女が特殊だっただけだと思いますよ」
先刻までの出来事を思い出して呆れているシャルルを見て、「それならいいのだけど」とロシュディは顎を撫でた。
「前回はパトリシアの生家だからと少しは大目に見たつもりだったが……ヴォロワ公爵家の一員となった今ならもう関係ないか」
「ええ、構わないと思います」
「うん。ところでこの報告はこれで全てだろうね?抜けがあったりしないね?」
文机に置いてあった数枚の書類をかざすロシュディにに、シャルルは、「ええ、それで全部です」と頷いた。
パトリシアの後ろに控えていたニコラに報告書を書かせたのはシャルルだ。事細かく書くように、と念を押し、「もう勘弁してください」と音を上げるまで入念に思い出させた。
帰り際に「なんでこんな目に……」と微かに涙ぐんでいた気がするがきっと気のせいだろう。
「ふーん……こちらの貴殿からの報告も?」
もう片方の手でシャルルからの報告書を持ち上げ、ロシュディはじっとシャルルの目を見つめた。
シャルルはロシュディへの報告書に偽りは書いていない。しかし、あえて書かなかったことはある。パトリシアが泣いていたことだ。
正直に書いても良かったのだが、そのことをロシュディが知れば何がなんでもパトリシアのところへ赴くだろうことが予測できた。
傷心中であるパトリシアにはきっと時間が必要だろうから休ませてあげたいという、保護者的立場としての考えだ。
それに、パトリシアが泣いたということを知ればなにをするかわからないからな。
ロシュディが目的のものを手に入れるためならどんな手段も厭わないことはパトリシアの件でよく知っているし、外面が良いだけの王子ではないことも王宮内の上層部の間では有名だ。
対するシャルルも“食えない魔道士”として有名ではあるのだが。
ロシュディ殿下に手を下されては私がなにもできなくなってしまうからな。
パトリシアが魔道士隊に入隊する前からプラディロール家のことは良く思っていなかった。
表立って制裁を与えられるこの機会をみすみす逃すつもりはない。
それにしても感の鋭いことだ。
胸の内で感心しつつ、すました顔で「もちろんです」と頷く。
「そう、わかったよ。報告ありがとう」
すっと視線を外してロシュディが退室を促したので、シャルルは一礼して部屋を出た。
報告書を手に窓辺に寄り、外の景色を見下ろすロシュディの青灰色の目は何も映していない。
思うのはパトリシアのことだ。
いくら上司であるシャルルがその場に居合わせたからといって、責任感の強いパトリシアが報告に同席しなかったのは不自然に思われた。
怪我はないにしろ、パトリシアになにかあったに違いない。
シャルルがなにを考えているのかは予想できる。きっと個人的に報復を考えているに違いない。
まあ、そこは譲ってあげてもいいけど。
しかし、パトリシアになにかをした人物を許すことはできない。
チリ、と小さく音をたて、ロシュディの怒りを表すように手の中の紙が燃え上がり、一瞬のうちに灰となった。
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