向けられる憎悪

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向けられる憎悪

 意識がゆっくりと覚醒し目を開く。  まだ目の前が回っているような感覚が残っており若干の気持ち悪さを覚えつつも、パトリシアは当たりを見回したが、仄暗く狭い室内にはなにもない。  固い木の床に転がされていたので身体が痛んだ。けれど身動ぎしようにも後ろ手に紐のようなもので縛られているため、反対側を向くしかなかった。  染みがついて薄汚れている白い壁を見ながら、パトリシアは冷静に今の状況を分析した。  パトリシアに変な薬剤を投与して眠らせたのはミシェルだったが、その怪しげな薬を用意し、パトリシアを運ぶための人員を集めるだけの裁量がミシェルにあるとは思えない。  では誰かと結託してわたくしを攫ったのかしら。  そうだとは思うが、その相手がわからない。  ミシェルと繋がりがあり、自分を誘拐して得をする人物とは一体誰なのか。  とりあえずこの紐を解かなくちゃ。  パトリシアはスっと意識を紐に集中させた。唱えるのは火の魔法だ。軽い火傷はするかもしれないが風魔法で切り傷をつくり血が流れるよりはマシだと判断した。 「……?」  手首に広がるだろう熱さを覚悟したが、熱による痛みもなければ紐が燃える感触もない。  魔法が発動しない……?  今までそのようなことは1度もなかった。気を改めてもう一度短い呪文を唱えるが、結果は同じ。焦げる匂いも煙すらもたたない。 「なんで……」  原因を突き止めようと考え始めた瞬間、部屋のドアが開いて反射的にそちらを見た。 「――ああ、起きたんだね。おはよう」  入ってきたのは元婚約者のジェラールだった。  彼が黒幕?彼がわたくしを攫う理由なんてあるかしら。  ジェラールはいつものように目を細めてにこりと微笑んだが、その微笑みがどこか作り物めいてみえてパトリシアはゾッとした。 「ジェラール、わたくしを攫った目的はなにかしら」  けれども怯まずに真っ直ぐジェラールを見据え、パトリシアは上体を起こした。 「さすが第一部隊の魔道士だ、こんな状況でもそこまで気丈に振る舞えるなんてね」 「質問に答えて」  微笑みから表情を動かさないジェラールをキッと睨みつけると、不意にジェラールは表情を消した。その変わりように背筋に悪寒が走る。  ジェラールの濃い緑色の目にはいつもの柔和な光はなく、かわりに浮かんだのは蔑みと憎悪だった。 「口の利き方がなっていないな、パトリシア」  紡がれた声の低さに咄嗟に身の危険を感じたがパトリシアは後ずさることもできない。  大股に距離を詰めてきたジェラールはおもむろにパトリシアの髪を掴んで上向かせ顔を近づけた。 「、だろう?」  間近に見るジェラールの目はギラついた悪意に満ちていた。  初めて見るジェラールの表情に体を強ばらせて目を見張っていると、ジェラールはその場に片膝をついた。 「パトリシア。僕はね、ずっとキミのことが嫌いだったんだ」  もう片方の手でパトリシアの顎を掴み、まるで蜜事をささやくようにジェラールが語り出す。 「女には必要のない勉強に夢中になったり、たいして魔力もないくせに魔道士学院へ入学したり……キミが成果をあげるたびに僕は比較されてきた。  何故女なんかと比べられないといけないんだ?何故キミは女のくせに目立とうとするんだ?僕の存在を踏みにじっているとも知らずに……いい迷惑なんだよ」
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