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哀れな男
「比べられて嫌な思いをしてきたことには同情するけれど、あの頃のわたくしには勉強と魔法以外に縋れるものがなかったのよ。それを貴方にとやかく言われる筋合いはないわ。“女”だからと蔑まれる謂れもね!」
「伯爵家嫡男である僕に偉そうな口をきくな!」
パン!と乾いた音をたて頬を打たれる。口の中が切れたようでじわりと鉄の味が広がった。
「まだおまえの馬鹿な妹のほうが可愛げがあったよ。ああ、おまえの境遇は勿論知っていたさ。知っていたからこそ、妹のほうに乗り換えたんだ」
口元を笑みの形に歪ませジェラールが吐き捨てるように言った。
「ミシェルとおまえの誕生日パーティーに乗り込んだときは実に愉快だったよ。おまえの悔しげな顔といったら!今思い出しても笑えてくる!」
そう言って本当に高らかに笑いだすジェラールに怖気が走った。
なんて哀れな人。他人を貶めることでしか自分を満たすことができないなんて。
じん、と熱をもったような痛みを頬に感じつつパトリシアはジェラールを哀れんだ。
「そうだ、この前のパーティーのときはよくも僕に恥をかかせてくれたね。せっかく行き遅れたおまえを僕が利用してやろうと思っていたのに、公爵家なんかに取り入って」
髪を掴んでいる手が力を強め、ブチブチと何本か抜ける音が聞こえた。
「公爵家の連中もおまえを囲う気でいる第一王子も、おまえが“元婚約者とヨリを戻したい”と言ったらどんな顔をするかな?」
細められた濃い緑色の目に悪意とは別の光が灯る。ぞわりと鳥肌がたち、パトリシアはゴクリと喉を鳴らした。
下卑た目線が自分の身体に向けられていると悟った瞬間、パトリシアは全力で暴れだした。
「おっと、急に暴れないでくれよ」
乾いた笑いを浮かべるジェラールがパトリシアの両足を掴んで引き寄せる。
「やめて!触らないで!」
「いいね、その目。おまえが苦しめば苦しむほど僕の心は救われるんだ。はは、最高の気分だよ!」
必死にもがくが抜けきっていない薬のせいで力がでない。
「貴方になにをされようと、絶対に貴方の元へはいかないわ!」
「僕に抱かれたことを第一王子に言う、と言っても?」
ロシュディのことを持ち出され、パトリシアは言葉に詰まった。
身体が汚されたことをロシュディが知ったらどう思われるだろうか。軽蔑されるのではないか。
脳裏に過ぎるのは最悪の未来だが、それでもパトリシアは奥歯に力を入れてジェラールを睨み上げた。
「わたくしは、そんな卑怯な手に屈しない……!」
怒りで頭の奥が煮えたぎっている。視線だけで射殺す勢いのパトリシアを見下ろし、ジェラールは嘲笑った。
「随分威勢がいいね。魔法を抑制されているおまえがどこまで頑張れるのか見物だよ」
そう言ってジェラールはパトリシアの右足首を自分の顔に近づけた。その足首には見知らぬ足輪が嵌められていた。
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