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怒りを超えた殺意
「これはね、魔力を封じるための道具なんだ」
クスリと嘲笑を浮かべてジェラールは足輪に口づけた。ゾッとして足を引き抜こうとするが強い力で阻止される。
「さあ、パトリシア。存分に抵抗してくれ。そして打ちひしがれ、絶望してくれ」
悪意に満ちた笑みを浮かべ、ジェラールはパトリシアの足を大きく開かせた。
……いやよ、こんな男に弄ばれるくらいなら、いっそのこと――!
パトリシアが自決を決意した瞬間、けたたましい音を立てて部屋のドアが吹き飛んだ。
そこに立つ男は茶色の髪をしていたが、パトリシアがその男を見紛うことはなかった。
「ロシュディ様……!」
ロシュディがパトリシアに覆い被さるジェラールを視界に入れた瞬間、ぶわりとその髪が逆だち青灰色の目に殺意が灯った。
無言で距離を詰めたロシュディはジェラールの首根っこを掴んで力任せに立たせるとなにかを言い募ろうとするその顔に拳をめり込ませた。
バキリ! と骨が折れる鈍い音とともに派手にジェラールが床に倒れ込む。
1発では気が済まなかったロシュディがジェラールに馬乗りになり2発、3発と続けざまに拳を振り下ろす姿を放心状態で見ていたパトリシアだが、だらんと動かなくなったジェラールに気がつきパトリシアは咄嗟に身を起こして声をあげた。
「ろ、ロシュディ様、それ以上は死んでしまいます!」
パトリシアの声に動きを止めたロシュディは、ゆっくりとパトリシアのほうを向いた。その目は怒りで爛々と輝いており、顔には返り血が数滴飛んでいる。
「殺すつもりなんだけれど、ダメなのか?私の大事な人を、キミを辱めようとした男だぞ?」
何故?と、純粋にそう聞いてくるロシュディの非情なまでの容赦のなさにパトリシアは背筋にヒヤリとしたものを感じたが、頭を振って否定する。
「その人を許してと言っているのではありません。それ以上ロシュディ様の御手をそのような下劣な人間の血で汚して欲しくないのです」
切実に訴えてくるパトリシアの目を見ていくらか落ち着きを取り戻したロシュディは、何本か歯が欠けほぼ原型を留めていないジェラールの気絶している顔を一瞥してから手を離した。
今すぐ息の根を止めてしまいたかったが、ジェラールの犯した罪を公にして自ら死を望むほどの極刑に処すのも悪くないと考える。
頭が冷えてくると欠けた歯であちこち切れた拳が痛みはじめたが、今はそんなことに構っている場合ではない。
ジェラールの上から立ち上がり、パトリシアの傍らに膝をついたロシュディは壊れ物を扱うようにそっとパトリシアを抱き締めた。
「すまないパトリシア、来るのが遅れた」
躊躇いがちに頬を寄せてくるロシュディの声は震えていた。その様子に張り詰めていたものが溢れだし、パトリシアの目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「いいえ、こうして助けに来てくださっただけで、わたくしは胸がいっぱいです。ロシュディ様、ありがとうございます」
ロシュディの腕の中のぬくもりにほっと安堵し、目を瞑る。
いつものロシュディの匂いに混じって汗の香りがした。きっと必死で探してくれたに違いない。
「キミが攫われた可能性があると知った瞬間から生きた心地がしなかった。キミが生きてて本当に良かった……」
心からのロシュディの呟きを聞き、パトリシアは自決する前にロシュディが来てくれたことにこっそり感謝した。
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