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赤く染まる
「その手のやつ、解いてあげるから後ろを向いて」
「はい」
言われるがままに後ろを向いてロシュディが見えやすいように少し腕を持ち上げる。
パトリシアが紐を解くために暴れたせいで手首は赤くなり、皮膚が剥けて血が滲んでいた。
あいつには地獄を見せてやらないと気が済まないな。
苦々しい表情を浮かべつつ、ロシュディは胸の内側で静かに怒りの炎を燃え上がらせた。
手首の拘束が緩み、ロシュディの顔を見ようと振り返ったパトリシアは部屋の出入口に立っている人物と目が合い、息を飲んだ。
「――ミシェル……、っ!」
2人を無表情で見つめていたミシェルの手には、鈍い光を放つものが握られている。
それがナイフだと認識した瞬間にロシュディを横に突き飛ばして前に出た。
キラリと光を反射するそれを構えてミシェルが動き出す。
時の流れが恐ろしいほどにゆっくりに感じた。
前に出たと思ったのに肩を強く押されて後ろに倒れたパトリシアは、逞しい背中が視界を遮るのを見た。
待って、ダメ――!
手を伸ばしたが触れることは叶わない。
ロシュディがなにかを受け止めるように背を丸め、よろけながらミシェルがロシュディから離れる。
ミシェルの手に握られたままのそれは赤く染まっていた。
ゆっくりと左に傾くロシュディの背を見てパトリシアは目を見開く。
「いやぁぁあああああ――!!!!!」
今まであげたことのないような悲鳴が自分の口から飛び出した。
そのまま倒れてゴロリと仰向けになったロシュディに急いで飛びつく。
胸の真ん中からじわりと赤い染みが広がっていた。
「そんな、こんなことって……」
目の前の光景が現実だと認められず駄々をこねる幼子のようにいやいやと首を振る。
けれども閉じられた目は開く気配がない。
ダメ、死なないで!
パトリシアはすぐに怪我の治癒をしようとロシュディの胸に手をあてたが魔法は発動しなかった。右足首に嵌められている足輪を思い出してそれを忌々しげに睨みつける。
「次は貴女よ。死にたくなければさっさと聖属性魔法を寄越しなさい」
静かに告げられた言葉に答える余裕はなく、パトリシアは足輪を外すことに努めた。けれども小指の先ほども足輪と皮膚との間に隙間はなく、踵が邪魔をして足輪は外れない。
その間もロシュディの服が赤く染まっていく。もう一刻も猶予はないように感じた。
「貴女のおかげでお父様もお母様も、みんな苦しんでいるわ。新しいお洋服も、宝石も買えやしない!
貴女がわたくし達家族を不幸にしたのよ!1人だけロシュディ様と幸せになんてさせないわ!」
「だからといってロシュディ様を刺す必要はないじゃないっ!」
目を血走らせて喚くミシェルにロシュディを失うかもしれない恐怖と怒りのあまり涙を流すパトリシアは喚き返した。
「はぁ?ロシュディ様?なにを言っているの?」
「この人が誰だかわからないの?!この人がロシュディ様よ!貴女どこまで馬鹿なのよ!」
上ずる声で罵倒するがそれだけでは足りない。ロシュディのように馬乗りになってめちゃくちゃに殴ってやりたい気分だった。
けれども今そんなことをしている場合ではない。はやく足輪をとらなくては。
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