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六話
「・・・ふう・・・」
吐く息が白くなる季節。秋も深まり、早朝ともなれば真冬に負けずとも劣らない刺すような寒さが、人々から活動の気力を奪う。そんな中でも柿谷は、年中変わらないルーティンをこなす。
柿谷の一日は、早朝のランニングから始まる。タイムスケジュールとしては、朝五時に起床、十分弱で準備を済ませランニング開始。小一時間走った後に朝食を食べ、身だしなみを整える。以前であればここから学校へ向かい、七時過ぎから始まる野球部の朝練に参加をしたのだが、当然今は参加していないので、約一時間の空きが生まれている。この時間柿谷は勉強をしたり、本を読んだと適当に時間を潰し、頃合いを見て学校へ出発する。
「よっ柿谷。」
「おはよう、柿谷くん。」
野球部の退部から山崎の一件もあり、ひと時の孤独を強いられた柿谷であったが、最近は夏休み前のように、黙っていても人が寄ってくる状況に戻りつつあった。周りから敬遠されていた柿谷が、再び人気者としての地位を手にしている要因として、高瀬の二日に渡る体育館裏での立ち回りが少なからず影響をしている訳であるが、柿谷はそのことを知る由もなかった。
「あの、柿谷くん、ちょっといいかな・・・」
授業を終えて、特に用事もなければそのまま学校を後にするのだが、最近はどうもすんなり帰宅出来る日が減ってきている。
「私、柿谷くんのことがずっと好きでした、付き合って下さい。」
「ごめんなさい。」
「あ・・・じゃ、じゃあせめて、文化祭一緒にまわ」
「回りません。それじゃ。」
極めて冷酷な態度で、勇気を振り絞った女子生徒の告白を一蹴する柿谷。横暴にも見える柿谷の対応だが、どうせ誰に告白されてもその気はないため、雑な振り方で相手に自分を嫌いになってもらい、さっさと忘れてもらいたいという優しさからくる態度でもあった。この考え方そのものが実に傲慢ではあるのだが、人の顔と名前を覚えることが決して苦手ではない柿谷ですら覚えていない、つまり知らない相手から自己紹介よりも先に告白されるようなケースも多々経験している柿谷が、告白されること自体に呆れを覚え、多少なりとも傲慢になるのも致し方無いだろう。
こうした厄介事を片付けた後、ようやく家路に就くことが出来る。家では今日出された宿題や課題をその日のうちに済ませ、その後に夕食を食べる。部活をやっていた頃には夕食後に勉強をしていたが、今は部活をしていた時間を勉強に充てることが出来るので、就寝までの時間を自由にゆとりが生まれている。その時間を柿谷は、帰り道に借りてきた映画を観る時間に使っている。
高瀬のアドバイスに従い、柿谷はそれまでほとんど触れてこなかった映画を多く観るようなった。邦画洋画問わず、最新作から不朽の名作までジャンルも決めずに店で目に留まった作品を適当に借りては、ぼけっと眺める時間が増えていた。
そして映画が終わると同時に布団に入って眠りにつく。柿谷は夜の十時を過ぎる頃には、一日の活動を終えていた。
これが、柿谷の日常であった。学校生活こそ多少の騒がしさはあるが、基本的には穏やかな日常。だが柿谷は、そんな日常の捉え方に苦戦をしていた。
結論から言うと、野球部にいた時の日常と野球部を辞めてからの日常、柿谷にとって優劣は無かった。朝も午後も休日も野球漬けの日々から遠ざかる解放感も、刺激の無い日々に対する物足りなさも特に感じてはいなかった。
だからこそ、今の穏やかな日常に対する評価に苦心をしていた。
柿谷が求めていたのは変化であった。辞める理由がないから続けていたことを続ける理由がないから辞める。この行動の変化によって物心ついた時から抱え続けたもやを振り払うことが出来るのではないか。そう考えたからこそ、柿谷は野球から距離を置いた。
だが現実はどうだろうか。野球に使っていた時間を勉強や映画鑑賞に使うようになったで、別段心境に変化はない。となれば、野球を辞める意味が本当にあったのだろうか?
柿谷が野球部を離れた動機は上記の通りであるが、実際に退部という行動に動かしたきっかけの一つとして、準決勝で敗れた後のロッカールームでのトラブルがある。
大事になったのは中谷と田辺の喧嘩であるが、そもそものきっかけは柿谷にある。あのまま野球部にいれば、また自分がトラブルの原因となってしまうのではないか。今回は三年対一、二年という構図であったが、いずれは他の形で問題が生じる可能性がある。そして柿谷には、その問題に対して真正面から向き合う覚悟はなく、自らが面倒事の原因となるくらいならその場を去るという決断をした。
だが現実はどうだろうか。確かに、野球部でのトラブルは回避出来たのかもしれない。ただ柿谷の行動が原因となり起こったトラブルは、学校やクラスで既に発生している。今泉の話、柿谷の知らない所で起こった高瀬の災難、そして山崎との一件が、柿谷を逃がさないとばかりに次々と発生している。
俺は、やはり野球を続けた方が良かったのか?そもそも俺は、なぜ野球を辞めたんだ?
柿谷の視野を遮るもやは、晴れるどころかその濃さをより一層増していた。
結局自分は何がしたいのか、柿谷自身にもわからなくなっていた。自分の中で、もっとも優先されるべき感情は一体どれなのか?柿谷は原点へと立ち返ろうとする。
その答えは簡単だ。異常な負けず嫌いが自分の感情の中でもっとも存在を主張していることは言うまでもない。ただ自らの行動を振り返った時、いくつか疑問が残る選択がある。
もし野球で負けたくないのなら、公立高校ではなく名門私学の門戸を叩くべきだ。でも柿谷はそうしなかった。無論名門私学でのレギュラー争いに怖気づいた訳でも勉学と部活の両立を意識した訳でもない。ただただ近所の高校に進学したかっただけだ。だが近所の公立高校に進めば、必ずどこかで敗北を味わうこととなる。無論どんな強豪校に進学しても三年間負けなしというのは有り得ないが、敗北の絶対数を減らしたいのなら公立高校というのは明らかな選択ミスだ。
これは負けず嫌いの感情よりも長距離の電車通学、もしくは生まれ育った街を離れての寮生活を敬遠する感情が勝ったことを意味している。つまり、負けず嫌いよりも優先される感情の存在がここで証明されてしまったのだ。
そうなってくるとさらに話は飛躍していく。状況次第では敗北もやむ得ない考えを自分が持っていることに気がついた柿谷の脳内に、山崎の姿が思い浮かぶ。
常軌を逸した姿の山崎を見たのは直近のテストが初めてであったが、山崎が学年一位の座に並々ならぬ執着心を持っていたことは以前から知っていた。そしてその執着心が時間と共に肥大化している事実にも、柿谷は確実に気がついていた。だとするなら、一度くらい山崎に花を持たせるという選択も出来たはずだ。近所の高校を選んだ柿谷には当然、勉学においてもこだわりや志はない。いくらなんでもカッターナイフで襲われる可能性を想像することは難しいが、嫌味やいちゃもんを付けられるぐらいなら適当なタイミングで相手を勝たせる選択は、負けず嫌いの感情がもっとも優先されていないと気がついた今、容易に許容されて然るべきである。この判断をしていれば、山崎はあそこまで追い込まれずに済んだのかもしれない。
こだわりはないが、やるからには負けたくない。この感情がいかに身勝手であるか。この時柿谷は、とある情景に自分の姿を重ねる。
おもちゃ売り場で駄々をこねる子供。子供は最初こそおもちゃ欲しさに頼み込むが、いつしか物欲よりも親のノーをイエスに変えたい一心で駄々をこねる。それでもこの手段が通用しないことを覚えていき、成長をしていく。
負けず嫌いというのも似たようなものだ。負けること、物事を上手く出来ないことに癇癪を起こす子供は少なくない。ただいずれは疲れ果て、同時に自らの限界を知ることで、諦めることを覚えていく。
だが柿谷は違った。負けたまま、出来ないままで終わる屈辱に耐えられず、勝てるように、出来るようになるまで努力を重ねた。
本来、これらは素晴らしいと称賛されるべきことである。だが努力を重ね、そしてほとんどの努力が結果に結びつく才能と幸運に恵まれた柿谷は、あまりに敗北を知らな過ぎた。だからこそ十個の中で一つ手に入れることに喜ぶことより、十個の中で一つ手に入らないことを許せない価値観が構築された。
あがいてもがいてなんとか一つを掴み取ろうとする人間から、平然とその一個を奪い去る。周りの人間の目に、柿谷がそう映っていても不思議ではない。今までの人生では柿谷の人徳もあって直接目に移った姿を柿谷に伝えた人間はいなかったが、今泉、そして山崎の言葉がきっかけで、柿谷は思い知らされた。
望んだものを手にすることよりも、何を望んでいるのか。柿谷が今求めていることはそっちであった。
「あ、あの柿谷くんっ、ちょっといいかな?」
呼び出しもなく、すんなりと帰れそうだと安堵していた放課後、緊張した面持ちのクラスメイトが話しかけてきた。
「おう高梨か・・・どうした?」
「話したいことがあるんだ・・・だから、ちょっと来てくれないかな?」
精一杯勇気を振り絞ったのであろう様子の高梨を見て、柿谷は少し驚いていた。
恥ずかしさや緊張などをこらえて話しかける高梨の様子は、まさにこれから告白でもしようかという人間のそれであった。だが、高梨のような人間を相手するのは、柿谷にとって初めてだった。
何を隠そう、高梨は男なのだ。
柿谷は今までの人生で、異性からの告白は数え切れない程経験している。それこそ、高梨のような様子で秘めた想いを打ち明ける乙女たちを何人も振ってきた。
だがそんな柿谷でも同性からの告白は経験したことがない。
「ああ、いいよ。」
慣れ切った異性からの告白と同じように平静を装いながら、柿谷は高梨の後に続いて教室を出た。
相手が男だろうが女だろうが現状興味がないことに変わりないしな。もしそっち系の話なら普通に断ればいいか・・・
そんなことを漠然と考えながら高梨についていく柿谷。一方の高梨は一度も後ろを振り向くことなくか階段を上がり、事前に施錠されていないことを確認していたであろう屋上へ出る扉を開いた。
「それで、話って?」
少し強めの北風が、二人の髪を揺さぶる。しばらく俯いたまま黙り込んでいた高梨だったが、どこからともなくやって来たビニール袋が地面に着地したタイミングで、意を決したように顔をあげた。
「あ、あの僕・・・ずっと前から高瀬さんのことが気になっていたんですっ!」
好意の告白であることに間違いはなかった。だがそれは高梨から柿谷へ向けたものではなかった。
「同じクラスになって最初の顔合わせで、僕の前の席に座っていた高瀬を見た時に、完全に一目惚れしてしまったんだ・・・だけど高瀬さんは誰とも話す様子もないから話しかける勇気もなくて・・・そしたら夏休み明け、高瀬さんが柿谷くんと付き合っているって噂を耳にしたんだ。この話を聞いた時、柿谷くん相手じゃ勝ち目がないって思ったけど、少し後に噂を高瀬さんが完全否定したって話も出てきて・・・もうどうなっているのかよくわからないけど、もし普段誰とも話す様子がない高瀬さんと接点を持っている人がいるなら、これを活かさないチャンスはないって思ったんだっ!」
秘めていた想いを打ち明けた解放感からか、少しずつ興奮していく高梨に対して、未だ状況を理解し切れていない柿谷は困惑を隠しきれない。
「確かに俺は高瀬と接点を持っているというか、最近世話になってるけど・・・」
「なら、高瀬さんを僕に紹介して欲しいんだっ!!!」
何かのスイッチが入ったかのように強引に話を進める高梨。そんな高梨から柿谷は今まで自分に告白をしてきたどんな異性よりも強い熱量を感じ取っていた。
「それは別に構わないけど、ただ」
「本当?ありがとう・・・じゃあ、よろしくね!」
承諾をもらえた喜びを爆発させた高梨は、力強く柿谷の手を握りしめた後、颯爽と屋上を去っていた。
「・・・紹介って言われても、何をすればいいんだ。」
一人取り残された柿谷は、しばらく呆然とその場に立ち尽くした。全く初めての経験により、柿谷の中に現れた未知の感情への対処に苦戦をしていたのだ。
勝負に負けた時に感じる嫌悪感程激しい拒否反応を覚えないが、どうも心持ち穏やかではない。敢えて一言にするなら、面白くない、という表現が当てはあるかもしれない。
面白くない、という表現が頭をよぎった時、柿谷はとある結論に至った。
もしかして俺は、高瀬のことが好きなのか?
この結論が思い浮かんだ時、柿谷の中から喜びの感情が沸々と湧き上がってきた。
高瀬に対して好意を示す高梨に対して少なからず不快感を覚えたということは、柿谷も高瀬に対して好意を抱き、他の異性には取られたくないという気持ちがあるということを意味する。
これはつまり、柿谷にとって初めて好きな人が出来たということを意味していたのだ。
柿谷は大いに興奮を覚えた。ようやく自分にも恋愛感情というものが芽生えたのだ。まるで背中に羽が生えたかのような、どれだけ望んでも手に入らないと諦めていたものを手に入れたかのような一種の達成感が柿谷にはあった。ただそんな熱狂は、秋の夕暮れがもたらす寒さもあってか長くは持たなかった。
本当に俺は、高瀬に対して恋愛感情を抱いているのか?
冷静になった柿谷は、あることを思い出す。
柿谷が最近見た映画の中に、とあるラブコメ映画があった。その映画の中で、自分の気になる人と他の人が懇意している姿を想像して腹が立てば立つほど気になる人のことが好きである、という旨の台詞があったのだ。
そこで柿谷は、頭の中で高瀬と高梨の仲睦まじい姿を想像した。するとどうだろう、柿谷の中には不快感どころか、喜怒哀楽全く何の感情も浮かび上がることはなかった。
再び柿谷は感情の迷宮に沈み込んでいく。あの映画の話が正しいのなら、柿谷は高瀬に対して恋愛感情を抱いていないことを意味する。そもそも人を好きになるということは理屈ではなく、こんなにこねくり回してあれこれと思案している時点でなにか違っているような気もする。
であるとするなら、この気持ちはなんなんだ?敗北感とも違う不快感は、一体どこから現れたものなのか。
日を追うごとに、柿谷は自分のことがわからなくなっていくのであった。
「え、それ本当?」
屋上にて高瀬への好意を高梨から打ち明けられた翌日に柿谷は、当の本人である高瀬と帰り道を共にして、昨日の出来事について一部始終説明をした。
「ああ、本当だ・・・こんな変な噓をついてどうするよ?」
その言葉の後、前を向いて歩き続けた柿谷であったが、しばらく高瀬が沈黙を破らないことが気になり顔を向けると、表情を曇らせている高瀬がそこにいた。
「どうした?やっぱバスの方がよかった?寒いし。」
この日は天気こそ悪くなかったが風が強く、コートやマフラーといった冬用装備をもってしても、学校から駅までの道のりにおいて寒さが堪えた。
「いや、混んでるから歩こうって言ったのは私だし・・・てか話の流れ的に私がなにに悩んでいるかぐらい流石の柿谷くんでもわかるでしょ?」
「高梨のことか?」
返事こそしなかったが、肯定の意を示すように高瀬は静かに頷く。
「で、どうするんだ。付き合うのか、それとも断るのか。」
「そんな、いきなり言われても答えなんて出ないよ・・・」
「なんで?だってこんなのただの二択なんだから、答えなんてすぐに出せるだろ?」
「だからその二択をどっちにするかで悩んでるの!」
思わず声を荒らげた高瀬を見て、柿谷は肩をすくめる。
柿谷にとって、告白(実際に高梨が高瀬に告白をした訳ではないが)の返答を迷うということが理解出来なかった。告白を受けたタイミングで、自分も相手を好きならイエス、好きでないならノーで答える。ただそれだけのことだ。そして誰かを好きになったことのない柿谷は、今までノーを提示し続けてきた。
「高瀬は高梨のことが好きなのか?」
「別に好きではないよ。だって今まで一度も話したことないし、正直どんな人かもわからないんだから。」
「それ、もう答えが出ているようなもんだろ。」
「そんなことない。私は高梨くんのことを何も知らない訳だから、ちゃんと知れば好きになるかもしれないし、そもそも問答無用でお断りする程好感度が低い訳でもない。」
「はあ・・・」
あーでもないこーでもないと煮え切らない高瀬を見ても、やはり気持ちが揺れ動くようなことはない。
はっきり言ってどっちでもいい。それが柿谷の素直な気持ちであった。
「でももし、もし高梨くんの気持ちを受け入れるってなったら、私はどうすればいいのかな。」
「え?」
「だって現状、私は高梨くんと一度も話したことがないから、どうやって私の気持ちを高梨くんに伝えればいいのかなって思って。申し訳ないけど私の方から高梨くんに声をかける程の熱意はないし、かと言って何も音沙汰がなければ高梨くん側も動きにくいだろうし・・・」
不意に表出した高瀬の疑問に対して、柿谷は何だか嫌な予感がした。
「やっぱり、柿谷くん経由で意思表示をするしかないのかな。」
「え、また俺?・・・勘弁してよ。」
面倒がる態度を隠そうともしない柿谷。勝負事に負けた時以外、どのような感情もあまり表に出すことのない柿谷が、ここまで露骨に自らの意思表示をすることは珍しかった。
そんな柿谷を見た高瀬は少し驚いた後、素っ気ない態度で話を続けた。
「そっか。そんなに面倒ならいいよ、私一人でどうにかするし。」
「ああ、そうしてくれ・・・大体、第三者を経由してしかコミュニケーションを取れないなんて、そんな状況で付き合ったって上手くいかないだろう。こういうのは、きっちり当事者同士で話をつけるべきだ。」
感情の赴くまま、言葉を口にする柿谷。またしても会話が途切れたことで違和感を覚え、高瀬の方へ顔を向ける。立ち止まり、不機嫌そうな様子を隠そうともしない高瀬を見て、ようやく自分がなにかの地雷を踏んでしまったことに気がつく。
「柿谷くんは、私が誰と付き合うとか、全く興味ないんだね。」
呆れたような笑みを浮かべている高瀬に、柿谷は何も言葉を返すことが出来ない。
お世辞にも勘がいいとは言えない柿谷であっても、ここで自分の素直な気持ちを打ち明ければさらに事態が悪化していくことくらいは、容易に想像が出来た。しかし、その場しのぎの建前を準備する余裕もない。
結果として柿谷が言葉を詰まらせる様子を見た高瀬は、柿谷の素直な気持ちを読み取ってしまった。
「まあ知ってたけどね。柿谷くんはそもそも、自分にしか興味がない人だし・・・だから誰かを好きになったりとか、他人の目を気にするとか、そういう気持ちがわからないんだよ。一つのことに夢中になれないのだって、全部自分の力を誇示するための手段としか思っていないからじゃない?勉強にしても野球にしても、もう十分過ぎるくらい自分がすごいって周りに認めてもらえた訳だし・・・きっと柿谷くんはこれ以上、柿谷くん自身のことを好きにはなれないだよ。」
全く予想していなかった厳しい言葉の数々に、反論はおろか頭の処理も追いつかない柿谷。
「・・・私、用事思い出したから。」
呟くような声でそう言い残した高瀬は、小走りで学校の方へと戻っていった。
得られぬ悔しさではなく、失うことの消失感を、この時の柿谷は初めて知ったのであった。
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