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1.私の右手が恋をした
彼に最初に恋をしたのは、私ではなく私の右手だった。
これを聞くと大半の人は嘘だと思うかもしれないけど、こればっかりは本当のことだから仕方ない。
初めて会った時から、私の右手は笹原くんのことばかり気にしていた。
彼――笹原くんに出会ったのは高校一年の春。
長ったるい入学式が終わり、クラスでの自己紹介が始まった時に、私の右手と笹原くんは出会った。
自己紹介は出席番号順で、笹原くんの自己紹介は、苗字が紺野の私の少し後。
私は自分の自己紹介が無事に終わった安堵感から、ぼんやりと気の抜けた頭で笹原くんの自己紹介を聞いていた。
「笹原晴斗です。中学校の時は陸上部でした。よろしくお願いします」
女の子みたいにつるんとした白い横顔。
綺麗な顔だとは思ったけど、正直なところ、笹原くんは全然私の好みじゃなかった。
私の好みは爽やかなスポーツマンで、男らしくて頼りになるタイプ。例えるなら野球部とかサッカー部のキャプテンみたいな人。
笹原くんは、色白だし背も低いし、大きな黒目がちの目が女の子っぽくて、格好良いというより可愛いタイプ。全然好みじゃない。そう思っていた。
だけど私の右手は、笹原くんを見た瞬間、火傷したみたいにじんと熱くなった。
「あっ」
思わず声が出る。それも、想像していたよりも少し大きな声が。
春風が開け放した窓から入ってきて、濃いブルーのカーテンを揺らす。
「え?」
笹原くんが目を丸くして振り返った。
――ヤバい。
「あ、えっと、何でもないですっ」
体温が急上昇する。頭の中が真っ白になって、訳が分からなくなり、私は叫んだ。
「ただ――私の右手があなたを気に入っただけですっ!」
***
「はーあ、失敗しちゃったあ」
自己紹介が終わり、私はヘナヘナと机に突っ伏した。
笹原くんの大きく見開かれた目が、頭の中にこびりついて離れない。
どうしよう、笹原くん、びっくりしたよね。
クラスのみんなにも、頭のおかしい人だと思われたかもしれない。最悪だ。
「ううう……」
私が悲嘆に暮れていると、ひょっこりと茶色いポニーテールを揺らし、美月ちゃんが私の顔をのぞきこんだ。
「どうしたの、恵麻ちゃん、元気無いね?」
「美月ちゃん」
私は涙目で美月ちゃんを見上げた。
「どうしよう、私、高校デビューに失敗しちゃったよ。もうダメ。私の高校生活は灰色になっちゃった」
「ははは、そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ」
高校生活っていうのは、人生の中でももっとも輝かしい時期。
友達と一緒に部活動や文化祭、体育祭に汗を流したり、素敵な男の子と付き合って、アオハルしちゃったり。
そんなキラキラした高校生活を送る予定だったのに、これじゃあ台無し。
高校では絶対に失敗したくなかったのにな。
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