1.私の右手が恋をした

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「それよりさ、自己紹介のあれって、どういう意味?」  笹原くんは、リスみたいなクリクリの目に、ありったけの好奇心を浮かべながら聞いてくる。 「え、ええと――」  何とか説明しようとしたけれど、言葉が上手く出てこない。 「まさか、右手に宇宙人でも寄生してるの。ほら、あったじゃんそういう漫画」  真剣な顔して聞いてくる晴斗くんに、プッと噴き出してしまう。 「あはは、ちがうちがう!」 「違うの? じゃあもしかして、前世から受け継いだ邪悪な力が封印されてるとか」 「それ、なんの漫画?」  ひとしきり笑ったあとで、私は自分の右手をそっと撫でた。 「そうじゃなくて、なんていうかこう、虫の知らせみたいな感じ」 「虫の知らせ?」 「うん。ほら、よく聞くでしょ? 低気圧が近づいてくると頭痛がするとか、古傷が痛むとか。ああいう感じ」  私はうっすらと傷跡のついた右手をさする。  美月ちゃんが笹原くんに説明してくれる。 「恵麻ね、昔、交通事故にあって腕を怪我したんだって」 「ふぅん」  笹原くんが私の右腕をしげしげと見つめた。 「じゃ、俺は台風か低気圧ってこと?」 「よく分かんないけど、とにかく笹原くんを見た瞬間、私の右手がうずいたの」 「へえ、何でだろ」 「さあ」  もうその話はいいでしょと思うんだけど、笹原くんはなおも私の右手を見つめ続ける。 「それにしても不思議だな。前にもそういうこと、あったの?」 「うん、台風が近づいて来た時とか、文化祭の劇の前とか、車に轢かれそうになった時とか」 「へえ、不思議だな」  笹原くんが身を乗り出す。白いワイシャツの首元から、くっきり浮きでた鎖骨が見えた。 「ちょっと触ってみてもいい?」  笹原くんが私の腕を指さす。  消しゴム貸して、ぐらいの軽いノリ。  私はゴクリと唾を飲み腕を差し出した。 「う、うん」  私の右腕に、笹原くんがゆっくりと手を伸ばす。  触れるか触れないかぐらいの強さで腕を軽くさする。  どくん、どくん。  心臓の音がやけにうるさい。 「どこにでもある普通の手だけどな」  私の動揺など知るよしもなく、笹原くんは私の手をギュッと握った。  ――あ。  笹原くんに手を握られた瞬間、胸の中がふわっと暖かくなる。  男の人の手って、もっとゴツゴツした感じなのかなと思ったけど、晴斗くんの手は、少しひんやりとしていて柔らかくて、肌触りがいい。  それに――なんて言うんだろう、肌に吸い付くような感覚とでも言うのだろうか。収まるべきものが収まってしっくりきたような不思議な感覚。  肌が合うってこういうことを言うのだろうか。まるでずっと前から探していたものを見つけたかのような――。  心臓が熱くて、焼けるように痛くて、耐えきれずに私は席を立った。 「も、もういいでしょ」 「ん? ああ、ごめん」  笹原くんは笑って手を離す。 「佐藤の手、ひんやりして柔らかくて気持ち良かったから、つい」  顔がかあっと熱くなる。  笹原くん、私の手、気持ちいいって思ったんだ。 「やだあ、笹原ったらいやらしい」  美月ちゃんが笹原くんの肩をバンバンと叩く。 「べ、別にいやらしくなんかねーよ。手を触っただけだし」  真っ赤な顔になって怒る笹原くん。 「どうだか。女の子の手も握り慣れてたみたいだし」 「握りなれてなんてない。まだ高一だぞ」  全く、と口の中でつぶやく笹原くん。  少し赤くなった鼻が子どもみたい。  私は自分の右手を見つめた。  笹原くんは冷たいって言ってたけど、私には熱い液体を注がれたように熱く感じる。  まるで意志を持ったようにドクンドクンと脈打つ右手は――間違いなく彼に恋をしていた。
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