1人が本棚に入れています
本棚に追加
「それよりさ、自己紹介のあれって、どういう意味?」
笹原くんは、リスみたいなクリクリの目に、ありったけの好奇心を浮かべながら聞いてくる。
「え、ええと――」
何とか説明しようとしたけれど、言葉が上手く出てこない。
「まさか、右手に宇宙人でも寄生してるの。ほら、あったじゃんそういう漫画」
真剣な顔して聞いてくる晴斗くんに、プッと噴き出してしまう。
「あはは、ちがうちがう!」
「違うの? じゃあもしかして、前世から受け継いだ邪悪な力が封印されてるとか」
「それ、なんの漫画?」
ひとしきり笑ったあとで、私は自分の右手をそっと撫でた。
「そうじゃなくて、なんていうかこう、虫の知らせみたいな感じ」
「虫の知らせ?」
「うん。ほら、よく聞くでしょ? 低気圧が近づいてくると頭痛がするとか、古傷が痛むとか。ああいう感じ」
私はうっすらと傷跡のついた右手をさする。
美月ちゃんが笹原くんに説明してくれる。
「恵麻ね、昔、交通事故にあって腕を怪我したんだって」
「ふぅん」
笹原くんが私の右腕をしげしげと見つめた。
「じゃ、俺は台風か低気圧ってこと?」
「よく分かんないけど、とにかく笹原くんを見た瞬間、私の右手がうずいたの」
「へえ、何でだろ」
「さあ」
もうその話はいいでしょと思うんだけど、笹原くんはなおも私の右手を見つめ続ける。
「それにしても不思議だな。前にもそういうこと、あったの?」
「うん、台風が近づいて来た時とか、文化祭の劇の前とか、車に轢かれそうになった時とか」
「へえ、不思議だな」
笹原くんが身を乗り出す。白いワイシャツの首元から、くっきり浮きでた鎖骨が見えた。
「ちょっと触ってみてもいい?」
笹原くんが私の腕を指さす。
消しゴム貸して、ぐらいの軽いノリ。
私はゴクリと唾を飲み腕を差し出した。
「う、うん」
私の右腕に、笹原くんがゆっくりと手を伸ばす。
触れるか触れないかぐらいの強さで腕を軽くさする。
どくん、どくん。
心臓の音がやけにうるさい。
「どこにでもある普通の手だけどな」
私の動揺など知るよしもなく、笹原くんは私の手をギュッと握った。
――あ。
笹原くんに手を握られた瞬間、胸の中がふわっと暖かくなる。
男の人の手って、もっとゴツゴツした感じなのかなと思ったけど、晴斗くんの手は、少しひんやりとしていて柔らかくて、肌触りがいい。
それに――なんて言うんだろう、肌に吸い付くような感覚とでも言うのだろうか。収まるべきものが収まってしっくりきたような不思議な感覚。
肌が合うってこういうことを言うのだろうか。まるでずっと前から探していたものを見つけたかのような――。
心臓が熱くて、焼けるように痛くて、耐えきれずに私は席を立った。
「も、もういいでしょ」
「ん? ああ、ごめん」
笹原くんは笑って手を離す。
「佐藤の手、ひんやりして柔らかくて気持ち良かったから、つい」
顔がかあっと熱くなる。
笹原くん、私の手、気持ちいいって思ったんだ。
「やだあ、笹原ったらいやらしい」
美月ちゃんが笹原くんの肩をバンバンと叩く。
「べ、別にいやらしくなんかねーよ。手を触っただけだし」
真っ赤な顔になって怒る笹原くん。
「どうだか。女の子の手も握り慣れてたみたいだし」
「握りなれてなんてない。まだ高一だぞ」
全く、と口の中でつぶやく笹原くん。
少し赤くなった鼻が子どもみたい。
私は自分の右手を見つめた。
笹原くんは冷たいって言ってたけど、私には熱い液体を注がれたように熱く感じる。
まるで意志を持ったようにドクンドクンと脈打つ右手は――間違いなく彼に恋をしていた。
最初のコメントを投稿しよう!