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カラオケにやってきて一時間。
私はあの時教室で「カラオケに行く」という選択をした自分を恨んだ。
まず最悪だったのが、席がくじ引きで決まったこと。
周りが知らない人だらけでも、美月ちゃんさえ隣にいれば大丈夫だと思っていたのに、大誤算。
うう、こんなの聞いてないよ。
悲嘆に暮れていると、隣に一人の男子が腰かけた。
「番号九番ってここ?」
「あ、うん、ここだよ」
「ありがとー。あっ、オレ渡辺って言います! ヨロチクー!」
ノリの良いテンションで馴れ馴れしく話しかけてくる渡辺くん。
うっ……。
これがチャラ男って言うんだろうか、ちょっと軽いノリの男の子だなあ。正直、ちょっと苦手なタイプ。
「わ、私は紺野恵麻です。よろしくお願いします」
「えー、何で敬語? タメ語で行こうぜ、イェーイ」
何がイェーイなのか、わけが分からない……。
とりあえず苦笑いをし、何を歌おうかタッチパネルで検索していると、渡辺くんが肩を組んできた。
「いえーい、恵麻ちゃんノッてるー? ブチ上げていこうぜ!」
背中にゾワゾワと寒いものが走る。生理的に無理って、こういうことを言うのだろうか。
「ちょ、ちょっとこういうのは」
反射的に手を振り払うと、渡辺くんは首をかしげた。
「んー、どうしたの、恵麻ちゃん。ノリ悪いねえ。なんか嫌なことでもあったー?」
「えっと、ちょっと髪を切りすぎてイメチェンに失敗しちゃって」
私は自分の髪に手をやり、苦笑いをした。
「へー、そっかあ。でもその髪も可愛いけどなあ。エキゾチックって言うの?」
「あはは、ありがと」
私が愛想笑いを浮かべていると、急に反対どなりに座っていた男子から声をかけられる。
「そういえば紺野さん、中学の時は茶髪だったよな。あれが地毛なんじゃないの。何で黒染めしちゃったの?」
えっ。
心臓がヒヤリと冷たくなった。
反対どなりの席の男子を見る。眼鏡からコンタクトになっていたから気づかなかったけど、同じ中学校出身の男子だ。
えっと確か、一年の時同じクラスだった梶原くん――。
「紺野さん、外国人の血を引いてるんでしょ。おばあちゃんがアメリカ人なんだっけ?」
梶原くんのこの言葉に、渡辺くんが目を輝かせる。
「えっ、マジ!? そうなの!?」
ああ、やだなあ。高校ではこのこと内緒にしておきたかったのに。もうバレちゃうなんて。
「うん……まあ」
「いやー、そっかあ。そう言われれば、紺野さんの顔、どことなく彫りが深いというか、外国人っぽいところあるわー」
「そ、そうかな。普通の日本人だと思うけど」
私は渡辺くんから目をそらした。
「えーっ、じゃあさ、英語とか得意だったりする?」
「いや、そんなことは……」
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。
「得意だよな。発音もめっちゃいいし」
梶原くんが余計なことを言う。
やめてよ。
頭の中に、中学の時のことがよみがえってくる。
一人だけ流ちょうな発音で笑われたこと。
外国育ちだから空気が読めない、外国の血が流れてるからって偉そう――そんなことを言われてクラスの女子に仲間外れにされたこと。
過去の辛い記憶がフラッシュバックしてきて、手が震える。
渡辺くんが再び馴れ馴れしく肩を組む。
「そうなんだ!? 聞いてみたい! ねえねえ、恵麻ちゃん、洋楽歌ってよ」
やめてってば。
「いや、本当にそんな、上手じゃないから」
引きつった笑みを何とか浮かべ、断ろうとしたけど、渡辺くんは引き下がらない。
「えー、歌ってよー」
「いや、だからそれはちょっと……」
「えーいいじゃん。ちょっとぐらい」
肩をぐっと引き寄せ、馴れ馴れしく顔を近づけてくる渡辺くん。
ぷつん、と私の中で何かが切れた。
「やめてよ」
思ったよりはっきりとした大きな声が出た。
ハッと気づいた時には、周りはしんと静まり返り、皆がキョトンとしている。
あっ、やっちゃった。
「恵麻――」
心配そうな顔の美月ちゃん。
私はえへへ、と無理やり笑みを作った。
「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね」
もうやだ。私の高校生活、灰色どころか暗闇入り決定だ。
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