2.放課後のカラオケ

2/2
前へ
/17ページ
次へ
 ***  カラオケにやってきて一時間。  私はあの時教室で「カラオケに行く」という選択をした自分を恨んだ。  まず最悪だったのが、席がくじ引きで決まったこと。  周りが知らない人だらけでも、美月ちゃんさえ隣にいれば大丈夫だと思っていたのに、大誤算。  うう、こんなの聞いてないよ。  悲嘆に暮れていると、隣に一人の男子が腰かけた。 「番号九番ってここ?」 「あ、うん、ここだよ」 「ありがとー。あっ、オレ渡辺って言います! ヨロチクー!」  ノリの良いテンションで馴れ馴れしく話しかけてくる渡辺くん。  うっ……。  これがチャラ男って言うんだろうか、ちょっと軽いノリの男の子だなあ。正直、ちょっと苦手なタイプ。 「わ、私は紺野恵麻です。よろしくお願いします」 「えー、何で敬語? タメ語で行こうぜ、イェーイ」  何がイェーイなのか、わけが分からない……。  とりあえず苦笑いをし、何を歌おうかタッチパネルで検索していると、渡辺くんが肩を組んできた。 「いえーい、恵麻ちゃんノッてるー? ブチ上げていこうぜ!」  背中にゾワゾワと寒いものが走る。生理的に無理って、こういうことを言うのだろうか。 「ちょ、ちょっとこういうのは」  反射的に手を振り払うと、渡辺くんは首をかしげた。 「んー、どうしたの、恵麻ちゃん。ノリ悪いねえ。なんか嫌なことでもあったー?」 「えっと、ちょっと髪を切りすぎてイメチェンに失敗しちゃって」  私は自分の髪に手をやり、苦笑いをした。 「へー、そっかあ。でもその髪も可愛いけどなあ。エキゾチックって言うの?」 「あはは、ありがと」  私が愛想笑いを浮かべていると、急に反対どなりに座っていた男子から声をかけられる。 「そういえば紺野さん、中学の時は茶髪だったよな。あれが地毛なんじゃないの。何で黒染めしちゃったの?」  えっ。  心臓がヒヤリと冷たくなった。  反対どなりの席の男子を見る。眼鏡からコンタクトになっていたから気づかなかったけど、同じ中学校出身の男子だ。  えっと確か、一年の時同じクラスだった梶原くん――。 「紺野さん、外国人の血を引いてるんでしょ。おばあちゃんがアメリカ人なんだっけ?」  梶原くんのこの言葉に、渡辺くんが目を輝かせる。 「えっ、マジ!? そうなの!?」  ああ、やだなあ。高校ではこのこと内緒にしておきたかったのに。もうバレちゃうなんて。 「うん……まあ」 「いやー、そっかあ。そう言われれば、紺野さんの顔、どことなく彫りが深いというか、外国人っぽいところあるわー」 「そ、そうかな。普通の日本人だと思うけど」  私は渡辺くんから目をそらした。 「えーっ、じゃあさ、英語とか得意だったりする?」 「いや、そんなことは……」  ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。 「得意だよな。発音もめっちゃいいし」  梶原くんが余計なことを言う。  やめてよ。  頭の中に、中学の時のことがよみがえってくる。  一人だけ流ちょうな発音で笑われたこと。  外国育ちだから空気が読めない、外国の血が流れてるからって偉そう――そんなことを言われてクラスの女子に仲間外れにされたこと。  過去の辛い記憶がフラッシュバックしてきて、手が震える。  渡辺くんが再び馴れ馴れしく肩を組む。 「そうなんだ!? 聞いてみたい! ねえねえ、恵麻ちゃん、洋楽歌ってよ」  やめてってば。 「いや、本当にそんな、上手じゃないから」  引きつった笑みを何とか浮かべ、断ろうとしたけど、渡辺くんは引き下がらない。 「えー、歌ってよー」 「いや、だからそれはちょっと……」 「えーいいじゃん。ちょっとぐらい」  肩をぐっと引き寄せ、馴れ馴れしく顔を近づけてくる渡辺くん。  ぷつん、と私の中で何かが切れた。 「やめてよ」  思ったよりはっきりとした大きな声が出た。  ハッと気づいた時には、周りはしんと静まり返り、皆がキョトンとしている。  あっ、やっちゃった。 「恵麻――」  心配そうな顔の美月ちゃん。  私はえへへ、と無理やり笑みを作った。 「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね」  もうやだ。私の高校生活、灰色どころか暗闇入り決定だ。    
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加