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3.二人きりのビートルズ
「はああ……」
廊下のドリンクバーの前。私はカラカラとメロンソーダの氷をかき混ぜ続けた。
あの部屋には戻りたくないな。
クラスのみんなが集まった大部屋を見つめる。
いっその事、帰っちゃおうかな。具合が悪くなったって言って。
そんなことを考えていると、目の前の男子トイレから見覚えのある男子が出てきた。
右手がピクリと動く。
「……あ」
笹原くんだ。
「あれ、紺野さん、なんでここに――」
いや、それはこっちのセリフ。
笹原くん、カラオケ来ないって言ってたよね?
笹原くんはポリポリと頭をかく。
「あ、そっか。もしかしてクラスの奴ら、みんなここに来てる?」
「うん」
私もびっくりしたけど、女子だけじゃなく、男子もほとんどの人がカラオケに来ていた。
カラオケに来ていない笹原くんはかなり浮いた存在と言っていい。
笹原くんは頭を抱える。
「あちゃー、そっか。わざとみんなが集まりにくそうな駅から遠いカラオケ屋にしたのに、こっちにきちゃったのか」
「うん、近いほうは大部屋が空いてなかったって」
「そっか、失敗したな」
私は恐る恐る笹原くんに尋ねた。
「笹原くんは、誰とここに来たの?」
クラスの集まりをすっぽかしてまで来るって――まさか彼女!?
「一人だよ。一人カラオケ」
笹原くんはあっけらかんとした顔で答える。
「一人? 何で」
「何でって……一人の方が好きな曲を思いっきり歌えるじゃん」
「そりゃそうだけど」
一人カラオケする人って、噂には聞いてたけど実在したんだ。
「そうだ、もし良かったら、紺野さんもこっち来る?」
「えっ」
笹原くんの何気ない誘いに、胸がトクンと高鳴る。
「い……いいの?」
「うん」
「笹原くん、一人で歌いたいんじゃなかったの」
「一人のつもりだったけどさ、紺野さん、あっちの部屋じゃつまんないんじゃないかなと思って」
「えっ」
思わず自分の頬を抑える。
「私、そんなにつまんなそうな顔してた?」
「うん、かなり」
笹原くんはクルリと振り返り、廊下の奥の部屋を指さした。
「俺の部屋、114号室。一番奥の部屋だからら良かったら来なよ」
「……うん」
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