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歌を歌い終えた女の子は、ふぅーっと息を吐き出して、立ちあがった。そこで、不意に顔を上げて、ぼくの方を見た。
視線がぶつかった。ぼくが聴いているのを知っていて、彼女は歌っていたのだった。
ぼくは曖昧に頭を下げ、缶ビールを手にしたままで、拍手のような仕種をした。
女の子はフィギュア・スケートの女子選手がするようなお辞儀をして、踵を返して公園の奥の闇に去って行った。まるで彼女のステージを聴いていたようだった。
でも次の日の夜も、その次の日の夜も、女の子は姿を見せなかった。
こちらは毎日缶ビールを準備して、彼女のショーを期待していたのだけれど、ちょっと拍子抜けだった。空き缶だけが増えていった。
やはり誰かに聴かれたいものではないのかもしれない。夜の公園の、誰もいない中で集中して歌うのが、彼女の望みなのだろう。
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