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それから何日か経った放課後の帰り道。わたしは珍しく帰りが十七時頃になった。クラブ活動に入っていないわたしはいつも授業が終わる十五時頃には家に帰るんだけど、その日は保健委員の活動があってクラブ活動をしている人たちと帰る時間が同じになった。体育館の方から集団で歩いてくるのはバスケ部の人たち。その中に見慣れた男の子がいた。夏川くんだ。
「蒼、またダッシュで帰るのか?」
「おう。今いいとこだから早く続きやりたくてさ」
「お前も好きだねー」
「んじゃ、みんなまた明日!」
そんなやりとりを交わして部活のジャージ姿のまま走っていく夏川くん。そっか。夏川くんてバスケ部だったんだ。この前、サッカーボールで遊んでたからサッカー部だと思いこんでたけど、身長も高い方だし、バスケも似合いそうだなと思った。中学校に入ってからしばらく経つのに、今更そんなことに気づくなんてわたしって本当に大和くん以外に興味がないんだなと改めて感じる。
大和くんはお兄ちゃんと同じ剣道部。小学校の時にお兄ちゃんと一緒に剣道教室に行きはじめたのがきっかけで、二人とも今もクラブで続けてる。しかも大和くんは主将だから、チームのキャプテン。明るくて優しい大和くんにピッタリだと思う。
「あれ、結愛ちゃん。どうしたの、今日遅いんだね」
運命かな。大和くんのこと考えてたらホントに大和くんが現れた。いつものキレイな顔の大和くんとは少し違って、今の大和くんは頭に白いタオルを巻いたままで、汗がうっすら顔に残ってて、少し呼吸が乱れて肩が動いているのがとってもたくましく見えた。
「えっと、今日は保健委員で石鹸を作ったりしてたから遅くなっちゃって」
「そうだったんだ。道具を置いて一度外に出たら結愛ちゃんが見えたから急いできたんだ」
「そんな、大和くん疲れてるから無理してきてくれなくてよかったのに」
「ぜんぜん無理なんかしてないから大丈夫。心配してくれてありがとう。あ、少し時間ある?すぐ着替えてくるからよかったら一緒に帰らない?」
「うん、時間大丈夫。一緒に帰り……たい」
帰りたいって言葉がなんだか告白するみたいに思えて声が小さくなっちゃう。変だって思われたかな。
「よかった。じゃあ着替えてすぐ戻るからここで待ってて」
わたしの心配を吹き飛ばしちゃうような速さでニコって笑って言葉をくれる。どうしよう。どんどん大和くんが好きになっていく。心臓がドクドクって速く動くのがわかる。
大和くんを待ってる時間はすごく長く感じた。誰かに見られたらどうしようって気持ちと、誰かに見られるのを期待しちゃうわたしがいて、ずっと周りをキョロキョロ見ていたと思う。だんだんと下校する生徒も減ってはきていたけど、ちらほらとはいるし、こんな風に待ち合わせして帰ったら、わたしと大和くんは恋人に見えるのかもって考えちゃう。噂をされたらなんて言おう。ただの幼なじみっていうのかな。恋人って言えたらいいのにな。でもわたしのために走ってきてくれたり、一緒に帰ろうって誘ってくれたりしたのはどうして?期待してもいいのかな。大和くんにとってわたしが特別な存在ならいいな。そんな考えが頭の中でぐるぐる回っていた。
「お待たせ」
大和くんがきた。夏川くんと違って制服にちゃんと着替えてる。クラブ活動が終わった生徒は制服に着替えるのが面倒だったりして、学校指定のジャージのまま帰る人も多いんだけど、ちゃんと制服姿に着替えるあたりが真面目な大和くんて感じがした。
「じゃあ帰ろう」
「うん」
歩き出したわたし達に視線が集まっている気がした。視線の先はきっと大和くん。少し短めの髪が夕日に照らされてキラキラしている。となりにいると優しい風に乗って大和くんの匂いがする。さっきまであんなに汗でびっしょりだったのに、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。
「結愛ちゃんとこうして帰るの久しぶりだね。小学校の時はよく一緒に帰ったよね」
「うん」
「いまはクラブ入っていないんだっけ」
「うん。おうち帰ってゲームしてる方が好きなんだ」
「そっか、結愛ちゃん昔からゲーム上手だったもんね」
「大和くんだって上手だったよ、わたしはお兄ちゃんと一緒にやってたら勝手に上達しただけ。あれ、今日お兄ちゃんは?」
大和くんのことで頭がいっぱいで今の今までお兄ちゃんのこと忘れてた。お兄ちゃんも大和くんと同じ剣道部だから一緒にいてもおかしくないのにどうしたんだろう。
「翔はサボり。副主将なのにね」
そう言って大和くんが笑う。
「え、お兄ちゃんクラブサボってるんですか」
「サボりと言ってもちゃんと顔は出して、少し早めに切り上げただけだけどね。この間の中間試験以来よくそうしてるよ。本人は帰ってゲームだって言っていたけど、それは照れ隠しで本当は勉強してるんじゃないかな」
「最近お兄ちゃん帰ったらすぐ自分の部屋に入っていくからゲームしてるのあんまり見てない」
「やっぱりね。じゃないと先生も許してないだろうし」
「でもなんでお兄ちゃん、そんなに勉強するようになったんだろう」
「うちの学校は文武両道みたいな精神があって、あまりに成績が悪いと対外試合に出してもらえなかったりするんだよ。翔、この前の中間試験があんまり良くなかったみたいだから、それでだと思う。三年生にとっては夏の大会が最後だし、翔、剣道好きだから絶対に出たいんだと思うよ」
そうだったんだ。お兄ちゃんがそんなに努力していたなんて知らなかった。ゲームばかりしていたらやっぱり勉強できなくなっちゃうのかな。
「大和くんは勉強大丈夫なの?」
「俺もやっぱり勉強する時間は増えたかな。受験もあるしね」
なんだか急にゲームばかりしていた自分がダメなように思えてきた。
「大和くんも最近はゲームしてないの?」
「そうだね、前みたいにはできなくなったかな。ゲームは好きだから、早く受験が終わってくれたらいいんだけど」
「ゲームってやっぱりあんまりやらない方がいいのかな」
自然とそんな本音が口からもれた。
「そんなことはないと思うよ。大事なことはやるべきことをちゃんとやることであって、ゲームすることが悪いんじゃない。俺も翔もゲームを全くやらなくなったわけじゃない。いまは息抜きに使っているってだけだよ。楽しいとつい勉強がおろそかになっちゃうしね」
そう言ってまた大和くんが笑顔になる。そっか、ゲームっていってもいろんな関わり方があるんだ。でもいつかまた昔みたいに大和くんとゲームできたらいいな。
「じゃあ、またね」
「うん、うちまで送ってくれてありがとう」
「いいよ、うち、すぐそこだし。翔にも『ゲーム』頑張れって伝えておいて」
「あはは、わかった。それじゃあね」
久しぶりに大和くんと二人でゆっくり話せた時間はいろんなことを気づかせてくれた。
ひとつはゲームとの関わり方。
ふたつ目は二人きりだといつもより緊張せずに話せたこと。周りにだれかがいると全然話せないのに不思議。
みっつ目はやっぱり大和くんが大好きだってこと。顔も、匂いも、考え方も、笑い方も、声も、大和くんのぜんぶが大好き。いつか絶対告白しよう。そう胸の中で決めた。
***
その日の夜、わたしはいつものようにゲームをやりはじめた。わたしは同時にいくつかのゲームを並行してプレイしていることが多いんだけど、この前クリアした『トゥルーファンタジー』はひとりでじっくりできるオフラインゲームというもの。実はトゥルーファンタジーより前からプレイしていて今も続けているのが『リング オブ レジェンド』というゲーム。こっちはインターネットを通じて世界中の人と一緒にプレイできるオンラインゲームという種類。チャットっていう機能がついていて、キーボードをゲームにつなぐとメールみたいにやりとりもできる。わたしは怖いから元々ついてる定型分だけでやりとりをしているんだけど、それだけでも十分楽しめてる。
マイ:ランク上げクエスト募集
『マイ』っていうのはわたしのゲームの中だけの名前。ホントは『ユア』ってつけたかったけど、世界中とつながってるゲームだから万が一のことも考えてこの名前にした。英語で『 YOUR』が『あなた』って意味だから『MY』の『わたし』って反対の意味にしたのが由来。でもどうしても我慢できなくてプレイヤーを助けてくれるペットの名前は『ヤマト』にしてる。
この『リング オブ レジェンド』通称|『リンレジェ』はプレイヤーのランクを上げると新しい物語がどんどん見られるというゲームなんだけど、この日は新しいお話を見るためのランク上げを一緒にやってくれる人を募集していた。クエストっていうのは、ゲーム内の掲示板にのってるお願いのことで、「モンスターをたおして」とか「逃げ出したネコを見つけて」みたいなゲーム内の街の人の困りごとを解決してあげるとランクが上がるようになっている。クエストはひとりでもできるけど誰かと一緒の方が協力できて早いし、簡単だから誰かと一緒に行く人が多い。わたしはいつもひとりでやっていたけど、物語が進んでさすがにひとりだと難しくなってきたから、今日は珍しく募集してみた。
ブルー:参加します
あ、誰かきた。青髪の男の子のキャラクターだ。どうしよう、ゲームの中なのに緊張しちゃう。わたしのキャラクターは髪の色はピンクだけど、他はどこかわたしに似せた少女のキャラクターにしている。この人もどこか本人に似ているところがあるのかな、なんて、大きな茶色い瞳がキリッとした青髪の少年を見て思った。
「えっとステータスは……、え、強い」
おもわず声が出た。わたしも結構プレイしていて強い方だと思ったけど、この人はそれ以上だ。
マイ:よろしくおねがいします
ブルー:OK!じゃあ行こう
そう言ってクエストのある森の方へブルーは走り出した。置いていかれないようわたしもその背中を追いかける。
この日の依頼は森の中に落ちている鍵を拾って持ち帰ること。鍵を探している間は無防備になるんだけど、その間も周りからモンスターがおそってくる。
ブルー:オレが周りの敵を倒しておくから、その間に探して
マイ:わかった
ブルーの指示でわたしが鍵を探すことになった。森の中を順番に探していく。ブルーはさすがの強さで、わたしのところにモンスターが来ることは一度もない。あまりにスムーズな動きは素直にカッコいいって思ってしまう。今日はヤマトの出番はなさそう。おかげでじっくり鍵を探すことができたんだけど、うーん、どこにも鍵が見つからない。おかしいな。ひと通り見たつもりだったんだけどな。
ブルー:鍵、なさそう?
マイ:はい
ブルー:少しの間、鍵探し交代できる?
マイ:はい
ブルー:よろしく。じゃあさっきのエリアまで戻ろう
マイ:了解
森の真ん中くらいのエリアまで戻ってきた。このあたりもさっき一度探したはずなんだけど、もう一度探し直してみるつもりなのかな。そんなふうに考えながらブルーを守る。たまにわたしが倒し損ねたモンスターを、さっきまで活躍の場がなかったヤマトが倒してくれる。ブルーほど完ぺきじゃないけど、わたしだってブルーの方にまだモンスターの攻撃を許していない。
「あれ、こんなところに道あったっけ」
ブルーを守りながらだから詳しくわからなったけど、森の中にさっきはなかった道があってブルーは迷わずそこへ入っていった。道の先は行き止まりになっていて、その真ん中に……
鍵があった!
ブルーが鍵を拾う。同じクエストに参加していたのでわたしもクエストクリアになった。
ブルー:クエスト達成。おつかれ
マイ:おつかれさま
マイ:ちょっと待って
おもわず呼びとめた。わたしがあれだけ探しても見つからなかったのに、ブルーはあっという間に見つけてしまった。なんでそんなにすぐに見つけられたのかどうしても気になったから。
ブルー:わかった
バタバタッ
ブルーの返事が来るのと同時にキーボードを棚から取り出してゲーム機に接続する。定型文だけでは複雑な会話はできない。キーボードはたまにお兄ちゃんが使っていたから場所はすぐわかった。ぎこちない手つきで急いで文字を打つ。
マイ:どうして鍵の場所がわかったんですか?
少し間をおいてブルーから返事がきた。
ブルー:森の中は一度全部探したから、違う探し方をしなきゃダメだと思って。エリアの切り替えで新しい道が出たりするかもって思ったらやってみたらやっぱり出た。
知らなかった。そんな探し方があるんだ。今までゲーム内で道やアイテムの場所がわからない時は手当たり次第に探してると偶然見つかったりしていたのはそういうことだったんだ。
マイ:すごい。初めて知りました
ブルー:ちなみにさっきのエリアに戻ったのは地形が少し不自然だったから、出るならそこかと思って
「そうなんだー」
つい声が出ちゃった。それくらい知らなかったことを知って新鮮な気持ちでいっぱいだった。興奮した気持ちのままキーボードを打つ。
マイ:そんなことまでわかるんですね!わたし全然知らなかった。尊敬します
また少し間をおいてブルーから返事がきた。
ブルー:また一緒にクエストやる?
ビックリしたけど嬉しかった。もっとブルーのことが知りたいと思った。
マイ:やりたいです
ブルー:OK。あ、それから敬語使わなくてもいいよ。なんか堅苦しいし、オレ学生だしさ
マイ:わたしも学生!じゃあ、敬語やめるね
ブルー:うん、その方がいい感じ
マイ:わたしも
ブルー:じゃあ、これオレのフレンドコード
マイ:ありがとう、登録して連絡するね
ブルー:ああ。じゃあまた
マイ:うん、また
フレンドコードっていうのはゲーム内でお互いが友達になるためのパスワードみたいなもので、片方がそのコードを入力すると相手にメールが届く。そのメールの承認ボタンを押すとお互いがゲームをプレイしていると通知されたりするようになる。と言っても、わたしも実際に使うのは初めてだから少しドキドキする。思いきって申請ボタンを押すとすぐに返事がきた。
ブルーからフレンドに承認されました
気がついたらわたしはコントローラを胸にひき寄せていた。
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