1832年、夏

6/7
前へ
/108ページ
次へ
  「でも、あいつ、生意気でさ……」  F・カールは、甥より9歳、年上である。幼児と遊ぶなど、できるものではなかった。  その上、フランスから来たこのチビは、フランス語しか、話そうとしない。服も、フランス製のものにしか、袖を通さない。 「僕はその頃、フランス語の授業に落ちこぼれてたし、」  当然、この二人に、意思の疎通はなかった。フランツは、F・カールに近寄ろうともしない。が、こちらが気になるのだろうか。おもちゃ(それは、F・カールのものだった。突然のパリ脱出で、彼は、自分の玩具を持ち出せなかったのだ)で遊びながら、ちらっ、ちらっ、と、こちらを見ている。 「で、僕は、言ってやったんだ……」  ……「僕は、フランス人の子どもとは、遊ばない」  もちろん、ドイツ語を使った。にも、関わらず、甥は反応した。  ……「ぎぃゃーーーーーーーーーーーーっ!」  それが、彼からの返事だった。  慌てて駆けつけてきた(マリー・ルイーゼ)に向かって、彼は叫んだ。(こちらは、フランス語だった。意味はあとから、家庭教師に聞いた)  ……「ママ! このクソガキを、早くあっちへ連れて行ってよ!」 「生意気なガキでさ。くそナマイキで、でも、かわいいんだ。僕は、彼を、放っておけなかった……」
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加