夕立ち

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「別れて下さい。あたしのお腹には、赤ちゃんがいるんです」  何の変哲もないよく晴れた日曜の午後、賢治の部屋でまったりしているところへ突然やってきた見知らぬ女は、あまりにも使い古された安っぽいセリフを言うが早いかワッと泣き出した。  赤ちゃんがいる、って?  いかにも女子というかわいらしいタイプで、ライトブルーのふんわりしたシフォンワンピースからのぞく二の腕が柔らかそう。パンツスタイルでクールと言われることが多いスリムな私とは対照的、年齢も29歳の私より3〜4歳は下だろう。  赤ちゃんがいる、って?  賢治の浮気は6年間の付き合いのうち実はこれが3回目。だからと言って、何度あっても慣れるもんじゃない。それに最近はこれといったケンカもなく仲良くやってたじゃない。32歳の賢治もやっと落ち着いて、まさかもうないと思ってたのに。目の前でワンワン泣かれて私には泣くことすら許されない。 「赤ちゃんがいる、って?」  私は声に出して言い、隣で色を失っている賢治を見た。黙ってうつむく賢治。それははっきりとした肯定を意味した。  体じゅうの血が冷えて時が止まるのを感じ、全身が小刻みに震え出す。ほんの少し前まで私がいた世界は足元からもろくも崩れさり、ポッカリとあいた穴のなかに私は黙って落ちていく。底のみえない暗闇にどんどん吸いこまれて、空からは行き場のない悲しみが槍のように降りそそぎ全身に突き刺さる。どうしよう私。いったいどうしたらいいの。だって好きだから。賢治のことが好きだから。  赤ちゃん。それはあまりにも明確に終わりを告げること。どうしようもなく取返しのつかないこと。私が泣こうが喚こうが、状況はなにひとつ変わらないだろう……。  気がつけば窓の外には激しい雨、ちょっと前まであんなに晴れてたのに。泣けない私の心を映す、突然のひどい土砂降り。  なんだろうこれ、まるでくだらないドラマみたいだね賢治。(ほんとひでえな!)そう言って二人で笑いたかった。いつもみたいに。ついさっきまで、今日の先にはなんてことない明日が続いていくはずだったのに。
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