夕立ち

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 私は立ち上がり、何も言わずにゆっくりと部屋から出た。賢治も立ってこちらにくる気配がしたけど私は、振り向かずに玄関のドアを閉めた。それ以上賢治が追ってくることは、なかった。  さっきまでの激しい雨はもはや小降りとなり傘をたたむ人もいる。それでも私は傘を開いた、二人から離れたとたんあふれ出た涙をかくすように。傘にあたるやさしい雨だれの音が、私の嗚咽をそっと包んで外界から切り離す。  私は歩いた、どこへというあてもなく。右足、左足。右足、左足。足をとにかく動かして。そこから少しでも遠くに離れたくて。   どれぐらいたったのだろう、気が付いたら雨はすっかり上がりセミの声がやかましく響き、辺りはほのぼのとした赤い夕焼け色に染められている。それは優しくあたたかく私を抱擁するような、見事な夕焼け空だった。 「みてみて、きれいに撮れたよ」 「すごい色だよねー」  すれ違う女子高生たちが競うようにスマホで空の写真を撮りながら笑いあう。私は顔に手をやり涙のあとを完全にぬぐいさってから、傘を閉じた。  甘えることが下手で強がりばかり、かわいく泣くことすらできない私は今だってまだ賢治にすがりつきたい気持ちはあるし、未練や後悔だってたくさん残ってる。私はこれから何日も、ひょっとしたら何か月も、思い出しては泣くことだろう。それでも私は、きっと前を向いて歩いていく。右足、左足。右足、左足。二本の足を交互に出して。そうだ、私は一人でどこへだって行けるんだ。    さっきまでの夕立は、どうやら私の心の中も通り過ぎていったみたい。周囲が一瞬にして暗くなり冷たい風が吹き、空から大粒の水滴が落ちてくる。最中は強い雨の中に閉ざされなにも見えず、いつ終わるとも知れずそこには不安しかない。しかしいったん雨が上がってしまえば、セミの声とともに平穏無事な夏の夕暮れが戻り空はあかく染まり、明日の到来をまた予感させるのだ。  私は立ち止まって空をあおぎ、赤々と燃えるような夕陽を全身で受けとめた。今日から私は、この新しい色をまとって生きていく。ここからまた、未来へとつづく新しい一歩を踏み出すために。 (了)
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