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そして今、彼女の家の前にいる。
思い返してみる。
昨日、塾の帰り道で突然通り雨が降り、仕方なく近くのバス停で雨宿りしていた。
もう20時だから、バスも人も当然来ない。
いいんだ、ちょっと雨足が収まってきたらすぐに帰るさ。
全く止む気配の無い雨に溜息を吐きながらバス停で問題集をやっていると、突然「あの、傘」と声が後ろから聞こえた。
あまりに突然だったから驚き、ぼくは問題集を落としてしまう。
雨を充分に吸ったアスファルトの地面は簡単に問題集を蹂躙していった。
ぼくは急いで問題集を拾ったが、既に手遅れだったようだ。赤ペンやシャープペンシルの後がぐしゃぐしゃにページを汚していた。
なんてことをしてくれたんだ。
そう言おうと後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。
え…?
一瞬、幽霊かと思い背筋がぞくりとする…が、そのまま視線を下げていくと子どもが立っていることに気づいた。
いや、子どもか?
身長こそ130センチくらいと小さいけど、顔は少し大人びて見える。
ピンクのセーターに白のショートパンツを履いていた。
「あ、ごめん」
彼女は慌てた様子で謝ってきた。
誰だ?
だいぶ小さいな。
などとまったく関係の無いことを考えていると彼女の方から口を開いた。
「南野、来人くんだよね?3年3組の」
「あ、ああ。そうだけど」
ぼくは若干しどろもどろになりながら答えた。
「やっぱりそうだよね!傘、よかったら使って?今夜、雨止まないみたいだから」
よく見たら彼女はもう1本傘を持っていた。
「でもその傘って誰かに持っていくものだったんじゃないのか?」
「ううん、私の家すぐそこの薬局なの。窓から南野くんが雨宿りしてるの見えたから持ってきたの」
そう言って彼女ははにかんだ。
その笑顔がとても可愛らしく、ぼくはドキッとした。
「明日か明後日、返しに来て?おとうさんの傘だから」
そう言うと彼女は薬局に戻っていった。
彼女は誰なんだろう?
そういえば名前も言っていない。
結局わかるのは薬局に住んでいることだけだったので、ここに来た…というわけだ。
そしてカウンターのおじさんに「あの、傘返しに来たんですけど」と言うと「おお、そうかそうか!入って入って!」とカウンター横の入り口から案内されてしまった。
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