曖昧な青

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曖昧な青

 男は、海中を漂っていた。男が漂っている海は、深い。下を見れば底が見れない暗黒の世界が広がっている。上を見れば、月光が差し込み水面に歪んだ月面が浮かんでいる。魚はいるのかと辺りを見渡しても、魚一匹見つからない。闇を吸ったような縹色の海水が下に行くにつれてどんどん明るさを失い黒色に近づいていく青い牢獄。その中間。縹と黒のちょうど中間で男は海中を漂っている。  呼吸ができないにも関わらず男は苦しもうとも、藻掻こうともしない。ただ、流れるが儘にその身を委ねていた。そしてふと、目を開けた。美しい青であるはずなのに、男にとっては不快な気持ちにさせる青だった。  男がこんな場所まで来たのは、夕暮れのことまで遡る。  茜色の夕日に照らされて海に飛び込んだのだ。理由は明白、多大な借金だ。自分の勘だけを頼りに、ギャンブル三昧を送っていた。そして気がついたら返せない額になっていた。  けれども、男は落ち込んだりしない。落ち込んだところで借金がなくなるわけではないからだ。ならば、こんな生活はもう嫌だとボートを借り海に飛び込んだのだ。  ああ、人間というのはにくい程に頑丈だな。  漂っている男が思った言葉だ。  そんな時、一匹の魚が泳いできた。額が大きく斑模様の魚だ。日本では見かけないことを考えると、飼いきれなくなった誰かが捨てたのだろうか。  外国から魚を輸入して、飼いきれなくなった捨てるなどなんて傲慢なんだろうか。  人間のエゴイズムで異邦に捨てられたこの魚を、男は憎むことなどできなかった。男が手を伸ばしてみるが、その魚は毛嫌うかのように男の手とは真逆の方向を進んでいく。止まることはない。若干の進路を変えつつも魚はひたすら目の前を行く。  そして、魚は見えなくなった。その時、海が揺らいだような気がした。海底から浮かんでくる夥しい数の泡。男はそれが何なのかは知る由もない。  男が海上に出ると、改めて海面を見る。そこは、月光に照らされた美しい静かな海だった。
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