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入院してかれこれ一週間が過ぎた。
あらゆる検査をしたけど、不思議なことに病名が特定されないまま回復してしまった。
あと一週間ほどで退院する。
この病室にはベッドが三つ並んでいる。
でも、ここにいる患者は私と多々良さんという高齢の女性の二人だけだ。
年格好が亡くなった私のおばあちゃんに似ているので『おばあちゃん』と呼ばせてもらっている。
おばあちゃんは無口だ。無口なのは耳が遠いかららしい。耳が遠いので会話が難しいのだ。いつもイヤホンをしてテレビを観ている。
ときおりイヤホンから音が漏れる。たまに目が合うとニコリと笑う。
私は窓際のベッドを使っている。窓からは焼き芋屋さんが見える。店は常にお客さんがいて、繁盛しているようだ。病院の玄関のすぐ前にあるからだ。
店頭に焼き芋と書かれたのぼり旗が、風に吹かれてゆらゆらと揺れて『おいで、おいで』をしているように見える。
五年ほど前、私の母方のおばあちゃんもこの病院に入院した。そのときおばあちゃんは病室からこっそり抜け出して焼き芋を買いに出かけていた。
食事制限があって、本当は焼き芋は禁止だった。それでも、現金を持っていないおばあちゃんは、ツケで買っていた。
ある日、おばあちゃんが焼き芋を隠し持っているのを医者は見つけた。おばあちゃんは認知症の傾向があった。パジャマのズボンの中に隠してあったのだという。焼き芋は温かかったのか股にはさんだ状態で見つかった。
母が追求すると、おばあちゃんは即答した。友達からいただいたものだと。
でも、病院の受付におばあちゃん宛の請求書が届いてウソがばれた。
足が弱くなって外に出られなくなると、母はこっそりおばあちゃんに焼き芋を与えていたのを私は知っている。
おばあちゃんは亡くなったけれど、好きな焼き芋を食べて満足して亡くなったのだ。
さて、おばあちゃんの話はこれくらいにして私自身だ
私は高校一年生。名前は泉美みゆき。和泉ではない。泉でもない。泉美と書いてイズミと読む。泉美という名字はめずらしく、市内でも私たちだけだ。
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