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交換日記
三月二十六日
ありがとう、泉美、とうとう交換日記を書いてくれたんだね。俺はひそかにそのときを待っていたんだ。泉美と交換日記をしたいってずっと思っていた。
でも、俺たちが交換日記をしてるってことは内緒にしようか。泉美と俺、二人だけの秘密にしたいんだ。それから何か訊きたいことや連絡したいことがあったら何でも日記に書いてほしい。
ちょっと事情があって今は会えないんだけど、この交換日記を通して過ごす時間が楽しいものになるといいね。
俺は泉美と過ごした過去、つまり思い出を書くことが多いと思う。それを小説みたいにかけたらいいと思っている。でも、泉美は好きなことを書いていいんだよ。泉美の得意な作り話でもいいし、愚痴でも本当に何でもいいんだ。
俺の文章をほめてくれてありがとう。泉美も上手だよ。泉美こそ小説家になれるかもしれない。
それでは俺も図に乗って、あの日のことを切りとって小説風に書いてみようと思う。
あの日っていうのは、泉美が篠崎と偶然バスで一緒になったときのことなんだ。篠崎から聞いた話なんだけど、泉美の反応がすごくかわいかったらしい。だから、あえて泉美からの視点で書きたいんだ。
私(泉美)がバスに乗っていると、篠崎君とばったり会ってしまった。彼とはしばらく口を利いていない。彼は私を見つけると笑顔で隣に座った。
「泉美、元気だった?」
篠崎君は笑顔だ。
「うん、久しぶりね、篠崎君は?」
「まあ、まあだ」
「よかった……」
篠崎君は膝の上のスポーツバッグを持ち上げると、頭上の網棚に載せた。網棚は網ではなくステンレスのパイプでできていた。以前、宮西君と乗った蒸気機関車の網棚はヒモを網状に編んだ本物の網棚だったことを思い出した。
バッグは宮西君がいつも持っているのと同じ白いスポーツバッグだった。篠崎君もつられて網棚をじっと見上げている。
私は自分たち二人がバスの中で、無言で網棚を見上げてる図を想像したらおかしくなった。
篠崎君が口を開いた。
「泉美……ニュースがあるんだ」
真剣な顔で、こちらを見る。
「いいニュース?」
「ん……ではないな、実は宮西先輩、転校するかもしれない」
「えっ?」
告げられた言葉に驚いて大きな声を上げてしまった。私は口元を両手で覆った。
「先輩のオヤジさんが転勤するらしい……」
「それって、マジ?」
「お前なら知ってると思ったけどな、彼女だから」
私は何も聞いていなかった。
「どこに?」
「さあ、詳しいことはお前が直接訊いて見ろよ」
「でも、宮西君、なぜ私に黙ってたんだろう」
「言いにくかったんだろ。でも、こういうことってちゃんと言うべきだよな」
篠崎君は怒っているようでありながら、口元は笑っていた。私は泣きたくなって目を伏せた。吐息が震える。
気がつくと、篠崎君がじいっと私を見つめている。
バスが停車した。数人の乗客が降りていった。私はまだ降りない。
「……泉美」
篠崎君が何を言おうとしているのかわかった。『俺とつき合ってくれないか』でも、彼はその言葉を口にはしなかった。
「なに?」
「俺、ギターを買ったんだ」
「……」
「そのうち、家にこないか?」
その声は低くて大人の声だった。
返答に困って、じっと窓の外をながめる。
「ギターをさ……弾きに……弾き方、教えて欲しいんだ」
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