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つぎはぎだらけの台詞は篠崎君らしくない。
「うん、ちょっと無理かな」
窓の外に顔を向けたまま、そう応じた。
「なぜ?」
「わかっているでしょう」
篠崎君は、なぜこのタイミングでそんなことを言うのか私には理解できない。
「そっか、やっぱ、まだ先輩のこと……」
私は目を伏せたまま無言だ。
「先輩は遠くに引っ越しちゃうんだよ」
のぞき込むように言う。
「まだ、決定って訳じゃないでしょう」
まだ決まった訳ではないのだ。彼の口元に自嘲染みた笑いが浮かぶ。気まずい雰囲気だった。彼の「チッ」という舌打ちが聞こえた気がした。
沈黙が焦燥をかきたてる。
篠崎君は宮西君と私の出会いをお膳立てしてくれた人だ。もし、彼がいなかったら私は宮西君と知り合うことはなかっただろう。それに、篠崎君がいたからこそ私は萎縮することなく宮西君とつき合えたのだ。だから私は自分の今の態度に罪悪感を感じていた。ごめん、と心の中で謝罪した。
空気を読みとったバスが、動きを止めようとする。「降りなきゃ」と何事もなかったかのように言い、立ち上がった。
突如、ガタンとバスが揺れて私はバランスを崩しそうになった。
「大丈夫か?」と篠崎君が心配そうに私の腕をつかむ。
目頭が熱くなってきた。
バスの天井をにらみ上げた。
私はバスを降りた。
どう? 違う? こんな感じだったんじゃない? あの日のこと。
そのあと、泉美はすぐに電話をかけてきたんだよね。俺は答えた。大丈夫、両親は北海道に行くけど俺だけはここに残るって。でも、なぜか泉美は歩いて俺の家に来てしまったんだ。納得がいかなかったんだね。それで俺たちは夜の町を散歩したっけ。途中まで俺たちは無言だったね。きっとお互いに同じことを考えていたんだと思う。それは、いったいなんだったんだろう。
三月二十七日
そうでしたね。あのときはすごく驚きました。バスの中で大きな声を上げてしまったくらいです。でも、大声で泣き出さなかっただけでもよかったです。
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