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外国の方たちから、たくさんの『かわいい』というコメントをいただいた。でも、私は自分がかわいいとは思わない。器量がいいのだ。
一枚拭き終えたところで休憩を挟むことにした。大きく伸びをすると、体をほぐすためにラジオ体操を始めた。窓からまた焼き芋屋さんが見えた。私は一人、ニタリと笑う。
昼下がり、窓から差し込む太陽の光がブラインドの隙間から漏れて、ベッドに縞模様の影を作る。ほかの病室の窓はみんなカーテンなのに、なぜかここだけはブラインドだ。
担当医の根岸先生のことはもう話しただろうか。先生はとても変わっている。廊下を通るたびにドアを少しだけ開けて顔を突きだす。そして確認するかのように私を見ると、にこっと愛想笑いを浮かべて去っていく。まるで、私が何か悪いことでもしていないか確認しているみたいだ。それとも、私に気があるのかもしれない。私がかわいいからだ。
噂をすればなんとやら……廊下を歩く先生のスリッパのぱたんぱたんという音が聞こえてきた。
スリッパの音がやんで、ドアが少しだけ開くと先生の顔が現れた。ほらね、根岸先生の登場だ。ここで声をかけないと先生は行ってしまう。
「先生!」
先生はうれしそうな顔をして入ってくる。
「なんだい?」
「ほかの病室はみんなカーテンなのに、なぜここだけはブラインドなんですか?」
「ああ、それは、ここはかつて、れいあんしつだったんだ」
「れいあん……しつ」
私は驚いた。
「うん、亡くなったご遺体を安置する部屋、霊安室だ」
先生の取り澄ました物言いにおののいた。私はきっと大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべていたのだろう。先生は満足そうに、あははと大きな声で笑った。
先生は笑いながらゆっくりと回れ右をして出て行った。
霊安室には窓などない。霊安室は普通地下にある。
私がウソつきなので、ウソをつかれたらどんな気持ちになるか試しているのだ。先生は私のことを子供だと認識している。いつも私の反応がおかしいのでからかうのだろう。根岸先生はいつもこんな調子だ。全然医者らしくない。
今度先生が病室に入ってきたら頭に緑色のキャップをかぶせよう。
「泉美さん、ここにサインをお願いしまーす」先生が宅配便の運転手だと言っても誰も信じて疑わない。
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