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ひとりぼっちのこんな午後は、いつだって物憂さがつきまとう。そして、物憂さは必ず悲しみを帯びてくる。
クラスメイトの里沙子から電話がかかってきたのは、そんなけだるい午後だった。
「みゆき、柴田君がそっちに行くらしいよ」
「ここに? 何しに……」
「お見舞いみたい。柴田君ったら、最初、あんたの好物は何かって訊くのよ。何かと思ったわよ。一緒に行こうって誘われたんだけど、断ったら、一人で行くって」
開いたドアの外に誰かがいた。柴田君がすでに立っていた。スマホをいじっている。視線が合うと、やあ、と手を挙げて入って来た。
「今、柴田君、来たけど電話代わる?」
「えっ? もう来たの? いい、いい、私から電話があったこと言わないでね、じゃあね」
早口で言うと電話は切れた。
「柴田君、廊下で何をしてたのよ?」
含み笑いをするだけで、私の質問にはスルーだ。
「泉美、元気か?」
野太い声で訊く。男連中はみんな私を泉美と名字で呼ぶ。本当はみゆきと下の名前で呼んで欲しい。
「元気よ、柴田君は?」
「疲れてる。俺も泉美みたいにのんびりしたい。でも、もうすぐ退院だって?」
「そうよ、悪い?」
私は唇をとがらせた。
「相変わらず口が悪いな。お前、そのとがった口もついでに治療してもらえよ」
柴田君は、あたりをきょろきょろ見回して落ち着かない。おばあちゃんが柴田君の頭のてっぺんからつま先までを値踏みしているのだ。
おばあちゃんと目が合うと、柴田君はぺこりと会釈した。
「さっき廊下で何をしてたの?」
「だから、スマホでお前の写真を撮ってたんだ」
壁に立てかけてあった折りたたみイスを持ってくると座った。
そして「これ……」っと、何かを差し出した。
私は渡された茶色の紙袋の中をのぞいた。
「そこで買ったんだ」
お芋だ、焼き芋。
柴田君は窓のほうにひょいと顎を向ける。考えていることはみんな同じだ。
細長い焼き芋が一本だけ入っていた。普通二本くらい買ってくるものなのに一本だけとはお金がないのだろう。里沙子から私の好物を聞いたに違いない。まだ温かい。紙袋にはていねいにマジックで安納芋と書かれている。
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