入院

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「青果売場の人が、あんたの連絡先を教えて欲しいって……」  私は着替えに忙しい。 「あんたのこと好きみたいだよ。どうする?」 「どうするって、そんな人知らねえし」  第一、私は青果売場の人たちと言葉を交わしたこともない。 「マジで言ってんの? あの、青果の中で一番若いイケメンだよ」  声をひそめて里沙子が、どうする? どうする? と耳元でささやく。 「断っといて」 「本気かあ!」と大声。 「うわああ、ばか、耳元で叫ぶな!」  里沙子は笑みを浮かべ、なぜか妙に納得したような顔をしていた。何かたくらんでいる。きっと、ろくなことを考えていない。  結局、里沙子は私のではなく自分のメールアドレスをその人に教えた。里沙子は、意中の人がいると言っていたがその人のことだった。彼女は私になりすましてメールのやりとりをしていたのだ。自撮り写真を欲しいと言われて私の写真を送った。やがて、里沙子はデートの約束をしてしまった。でも、現れたのが私じゃなかったので、すぐに振られた。  この話を母にしたら、作り話だと言って笑った。いつもの中二病だと言って笑った。私がもてるということが気に入らない。母は私が器量がよくて、魅力があって、もてるということを決して認めようとしない。  でも、残念ながら、母が言うようにその話は創作だった。ちくしょう、それを見抜かれたことがくやしい。どこからどこまでが創作かは教えない。もっとも私でさえ曖昧なのだから、知りたかったら里沙子に訊いてください。  長いこと親子関係を続けているので、母は手の内も心の中もだいたい把握している。  とにかく、高校生の私を今が一番いいときだと誰もが言う。  でも、そんな貴重な青春を謳歌しているはずの私の毎日は、何事もなく淡々と過ぎていく。  この病院はとても古い。これまで数え切れないほどの病人が、入れ替わり立ち替わり入院しては退院していった。  最初は白かっただろう天井は、すすけて黒ずんでいる。  ベッド脇のサイドテーブルは年月に磨かれて輝いている。天板に無数の傷がつき、角は丸くすり減っている。入院したとき看護師さんがそのサイドテーブルを指さして「しょうとうだい」言った。
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