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「すみませーん、お豆腐おひとつくださいな」
女の子の声を受けて、はあい、と店の奥からしわがれた声が聞こえてくる。肌の黒い翁がゆっくりと店先へと出てきた。
「いらっしゃい」
女の子は、いつもの、とお金を翁に手渡した。翁は、はいはい、と言いながら女の子が持ってきていたお鍋に木綿豆腐を入れてやる。
「ありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとうね」
「あのね」
「うん?」
女の子は屋号の染め抜かれた暖簾をちらりと見た。
「なんで『鬼のお豆腐』って名前なの?」
ああ、と翁は笑った。
「鬼から作り方を教えてもらったからだよ」
えー、と女の子は疑わし気である。
女の子が手に持っているお鍋の中で木綿豆腐が揺れた。
「本当だよ。じじには小さい頃、鬼の友だちがいたんだ。じじはほら、肌の色が黒いだろう? だから、みんなに嫌われていたんだ」
えー、と女の子の顔が曇る。
「かわいそう。あたしはじじのこと好き」
「ふふふ、ありがとうね。……それで、いじめられていたときに、その鬼の友だちが助けてくれてね。鬼は肉を食べないと生きてはいけないのに、その子は肉が食べられなかった。だから代わりにお豆腐を食べるようになったのさ」
「あ、あたし知ってる! お豆腐は畑のお肉!」
「そうそう、そうだよ。よく知ってるね」
「お母さんがよく言ってる。身体にいいって」
「そうさ、身体にいいんだお豆腐は。鬼たちはその子がお豆腐を食べられるようにお豆腐づくりの勉強をしてね。それで鬼のお豆腐ができた。じじはそれを教えてもらったというわけさ」
「ふうん。ねえ、その鬼の友だちとは今も仲良し?」
ふふふ、と翁は笑って、店の奥の方を見やった。
「そこにいるよ」
えっ、と女の子はびっくりして翁と一緒に店の奥の方を見た。障子に影が映っている。障子はすっと滑らかに開いた。中から出てきた影がゆっくりと店先へと歩いてくる。
その影の正体を見て、女の子は笑顔になった。
「なーんだ、ばばさま! 鬼じゃないよう」
「怒ると怖いよ。それこそ鬼ばばだ」
翁の軽口にまぁ、と笑う嫗の瞳は薄い茶色で、日の光が当たると金色にも見えた。
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