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この街にもついに梅雨が来た。
ここでの初めての梅雨は、もう何年前だろうか。
年を重ねていくほど一人でいる時間が長く感じるようになる。
けれど、こんなにも落ち着いた日はむやみに外に出ず、家で趣味を嗜むのがふさわしいだろう。
なにをしようか。久々にステッチでもやろうかと引き出しに手をかけたその時だった。
ベルも鳴らさず、挨拶もなく、彼女の声が玄関から突然した。
「ちょいと雨宿りさせてくれないかい?」
声のする方へ顔を出すとやはり、雨に濡れた少女が立っていた。
「…あら。久しぶりね?」
「あぁ。あの時は世話になったな。」
「あの時…?」
「ほら。羽織の時だ。奴らの血やら、切り傷やらで、わしらじゃ歯が立たなくてな。ほんとに助かった。」
「…あ。あの時ね。たしかに散々なものになっていたけど、何とか繕って……。って、ここで立ち話もなんですから、中に入ってくださいな。」
「そうだな。そうさてもらおう。」
濡れた少女は慣れたように玄関を上がり、客間へと入っていった。
「それにしても随分、雨に打たれたようね。びしょ濡れじゃないの。今タオル持ってくるわね。」
部屋を出て矢継ぎ早にやかんに水を汲み火をつけ、タンスからタオルを出し彼女の元に戻った。
「よかったら使ってね。風邪を引いたら大変よ。」
「ん。助かる。」
そうタオルを受け取ると、わしゃわしゃと適当に濡れた体全体を拭き始めた。
「ちょっと、お茶入れてくるわね。いつものでいいわよね?」
崩れた髪から目を少し出して彼女はうなずいた。
彼女は渋みのあるウバが好み。あまり甘いお菓子ではなくサクッとしたクッキーを少しずつ。
年頃の子とは思えないような好みでおかしくって笑ってしまったこともあった。
出会ってからの日の数は浅いが、何か、重なるものがある…気がする。
いつものように何気なく彼女はクッキーをかじる。
私は彼女に合わせてティーカップを傾ける。
思わぬ客人は主人より遠慮もなくソファーに深く腰を掛けて。
話はぽつぽつと。
例えば、最近見かけるネコの話。
例えば、今日の雨の話。
例えば、これまで飲んだ酒の話。
普段と話している事とはあまり変わりはなかった。
けれど、一つ。気になる話が彼女から出た。
とある少女の、あったかもしれないし、なかったかもしれない昔話。
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