ひつじが一匹

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「色々買ってきました。とりあえず水分補給と……」  俺は買い物袋から水とスポーツドリンクを取り出して、ベッド横のテーブルに並べる。 「はは、なんかこれ贅沢だな。医者に往診に来てもらってるみてぇ」  今は医者として来ている訳ではないんだけどなと思いながらも、楓さんが患者だったらと想像してしまった。 「いいですよ。診察しましょうか?」  ベッドに座る楓さんに近付き、頬に手を添える。 「うーん、顔色は悪いけど眼瞼(がんけん)結膜は異常ないし、」  下まぶたを引き伸ばした後、その手を首にスライドさせる。  ドクドクと脈打っているのを触知した。 「貧血はないみたいですけど、脈が早いですね。……あ、もしかして、俺がいるか――」  言い終える前に枕が顔に吹っ飛んで来た。 「調子乗んなよな」 「すみませんでした」  床に正座をし、反省の意を示す。  顔には出さないが、密かに怒っている姿も素敵だなぁと思っていると、視界にゴミ箱があるのに気付く。  見ないようにと思ったが、見てしまう。後悔するのはわかっているのに。  中には丸まったティッシュがいくつかと、やはり使用済みのコンドームがあった。 「楓さん、もしかして昨日男呼んでたんですか?」 「お前に関係ねーだろ」 「そ、そうですけど。でも、また一晩だけの相手なんて」  楓さんは言い返すのもだるそうにため息を吐く。  しかし俺がしつこいタイプだと知っている楓さんは、こちらに身体を向き直してポツリと呟く。 「……最近また寝れねーんだよ」    楓さんは、俺の学生バイト時代のからの先輩だ。四つ年上で、出会った時から正社員の現場スタッフとして働いている。  実際の彼は決して上品とは言えない口調や態度だが、第一印象はまさに天使そのものだった。  ネットの一部では「ジンギスカンパーク」なんて馬鹿にされているこのアミューズメントパーク。  正式名称は「ダン・デ・シープパーク」という。  羊のキャラクターに興味はなかったが、家から近かったために求人広告が目についた。どうせなら接客業がしたいと、暇を持て余した大学三年の夏休みに始めたアルバイトだった。  バイトを始めて数日のある日、五才くらいの女の子が泣きながら一人でパーク内を歩いているのを見かけた。  迷子だとわかったので、研修で教わった迷子マニュアルを思い出し、すぐに声をかけた。
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