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実際そんな噂聞いたことなかったし、男を性の対象として見るのは初めてだったが冷やかすつもりも毛頭なかった。
しかし五年経った今、本気で好きであることは信じてもらえたようだが、残念ながら恋人にはまだなれない。
まだ、というのはおそらく楓さんは俺のことが好きだからだ。
自惚れとかではなく、客観的な事実を基にそう思っている。
だけど恋人になれない理由まではどうしても分からなかった。
「――眠れないなら、俺が隣で寝ますって」
「やめろ、そういうのいらないから」
「でも、体調悪くさせちゃうほど、昨日の相手は酷かったんでしょう?」
「俺がそうさせたんだよ」
楓さんは、長年不眠症らしい。
今は波はあるものの基本的には軽度で落ち着いているみたいだった。
だが、昔は過剰内服をして救急車で運ばれたことが何度かあると、以前俺に打ち明けてくれた。
その頃に睡眠薬に耐性がついてしまい、おそらく効かないのだろう。
だから楓さんは眠れない時に一夜の相手と身体を重ねる。
そうすると、短時間だが深く眠れるらしい。
ここ数ヶ月は安定しているようだったのに、昨日からまた楓さんの症状が再発してしまったようだ。
「酷くされる方が、よく眠れるみたいなんだ。そりゃ体調崩して職場に迷惑かけるようじゃ、大人としてだめだけどさ……」
楓さんは自嘲気味に話す。
これじゃ、薬に依存していた頃と同じじゃないか。このままでは、いつか楓さんは壊れてしまう。
俺が守ってあげたい。
でもその想いは叶わない。
恋人になることを拒否され続けている俺は、必要とされていない。
俺は楓さんを安心させる言葉を見つけられなかった。
『ねぇ先生。どうしても不安で眠れない時、どうしたらいいのかしら』
石川さんのか細い声が聞こえてくるようだった。
翌朝のカンファレンスルーム。
パソコンでカルテをチェックしながら上級医の言葉に耳を傾ける。
「――で、次は……石川さんか」
「肝臓の数値悪くなってるからなぁ。本人の希望は自宅退院だけど……」
先日自分が取った血液データを見ながら、俺はその増悪ぶりに驚く。
つまり、今の石川さんの身体はもうボロボロであることを示している。
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