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ある日、少年の体から熱が消えました。
体の中にあった炎がどこかへ移ったかのようでした。
まだ体は痛むけれど、頭は驚くほどにすっきりしています。
何やら外が騒がしいので窓からのぞいてみました。
空は黒く染り、白い月が浮かんでいました。
まるで昼のように明るかったのです。
なるほど、明るいのは火が燃えているからなのでした。
少年の家は小さな山の近くにありました。
あの山のてっぺんには大きなお屋敷がありました。
二階建てで赤い屋根が山の上から突き出していたので、どこらでもからよく見えていました。
『あの家には魔女が住んでいる』と人々は噂しました。
あのお屋敷はいつも薄暗いし、おばけが出入りしたのを見たという人が後を絶たないのです。
少年は一人、「魔女さんに頼めば、治してもらえるのかなあ」といつも思っていました。
しかし、魔女がいるはずの館は火を上げています。
炎は全てを包み、家を食べているようにも見えました。
魔女さんは死んでしまったのかなあ。
それとも、魔法で逃げ出したのかな
赤々と燃える炎を見ながら考えていました。
車の通る音や人々の騒ぎ声なんて、耳にすら入りませんでした。
あの綺麗に燃えあがっている炎に見とれていたのです。
窓に張り付いて、ずっとその様子を見ていました。
真赤な炎は長い間燃え続け、いつまで経っても消える気配がありません。
自分の体を燃やしていた熱のようにも思えました。
「あそこの家って放火だったらしいな? しかも死体が見つからないんだと」
「あら…………不気味ね」
パパとママの会話です。
誰が一体何のためにそんなことをしたのか、分かりません。
魔法が失敗したのかもしれないし、誰かが魔女を倒そうとしたのかもしれません。けれど、ただひとつだけ言えることがあります。
少年の体の熱をまるであの家が背負ってくれた。そう思えてならないのです。
しばらくしてから、今度は痛みが消えました。
体中の痛みがどこかへ向かったかのように思えました。
息苦しさもどこかへ飛んで行きました。手足は自由に動きます。
今度は何が起こったのでしょう。
考える間もなく、耳につんざくようなブレーキの音と何かが壊れる音が響きました。
少年は窓からのぞくと、今度は家の前の電柱に車がぶつかっていました。
車はぺしゃんこにつぶれ、黒い煙をあげています。
次第に人々が集まってきました。
しばらくしてから救急車やパトカーがサイレンをうるさく鳴らしながらやってきました。救急車へ人が載せられ、病院へ運ばれて行きました。
「居眠り運転ですって。怖いわよねえ」とママ。
「ああ。運転手は即死だったって話だよな」とパパ。
『居眠り運転』も『即死』という言葉も知りませんでした。
けれど、ただひとつだけ言えることがあるのです。
少年の体の痛みをまるで運転手が背負ってくれた。
そう思えてならないのです。
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