プロローグ

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プロローグ

 これは相談帖である。  数多の人々の夢の内、時折現れるという、とある部屋。  そこは『相談室』と呼ばれていた。  部屋の主は一匹の……さあ、あなたはこの相談帖を読んで、何を感じ、何を思うーーー? ***  カランカラン、とベルが鳴った。  刻は夕暮れ。  古い真鍮製のドアベルが、くすんだ金色に茜の光を帯びる頃。  影のコントラストが強みを増す窓際、英国式の布張りサロンチェアに『彼』はいた。  深い濃緑が美しい別珍生地の真ん中にちょこんと腰かけて、小さな膝の上に紙束の帖面を広げている。  彼の赤茶色した大きな耳は、来客の知らせにぴんっと上に立っていた。 「……おや、お客さんかな」  ゆったりした動作で彼が振り向く。  その独特なシルエットが、赤い光と影によりはっきり映し出された。  三角型の大きな耳に、少々長めの黒い鼻。  つぶらな瞳は濡れた黒瑪瑙(オニキス)のように煌めいて。  小さな身体なのに、一目で部屋の主だと分かる不思議な威厳は、恐らく彼が着ている衣装も一役買っているのだろう。 「さあ、君の悩みを話すといい。案ずることはない、全て僕が解決して差し上げよう」  口元にパイプ型の白い塊を咥えて、彼は来訪者にそう告げた。  ツイードの鹿撃ち帽にダークブラウンのスーツ、トレンチコートという姿は、きっと誰もが知るもので。  名高い推理小説の主人公を彷彿とさせる衣装を纏った彼―――コーギー室長は、穏やかな笑顔で本日の『相談者』を出迎えていた。
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