ink.

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 不思議な香りが鼻をくすぐる。  目を開けようとすると、鈍く頭痛が響く。  「うー・・・頭いたぃ・・・」  枕に顔を押し付けながら唸る。  枕からも嗅ぎ慣れない香りがする。  「結構飲んでたもんね」  突然声がして目を見開き、身体を起こす。  ボサボサの髪の間から人影が見える。  金色の短髪に両方の耳たぶには大きな穴が空いている。  自分の部屋じゃない、アンティークらしき置物や家具が置かれたワンルーム。お香のような香りが漂っている。  それ以上に、裸の上半身には色鮮やかな刺青が描かれていた。  「おはよ。水飲む?」  「あ、えっと・・・飲む・・・ます・・・」  「飲むます。笑」  クスクス笑いながら男はキッチンへ向かった。  女は混乱しながらも、ボサボサの髪を手で掻く。  「はい、どうぞ」  「ありがとう・・・ございます」  「朝ごはんどうする?お腹空いてる?」  「あ、いや・・・大丈夫です・・・えっと・・・」  恐る恐る男を見る女。  男はコーヒーを飲みながらその視線に気付く。  「あぁ、大丈夫。何もしてないから」  「あぁ、そっか・・・いやじゃなくて!私、何というか・・・ご迷惑を・・・」  「まぁここまで運ぶのは大変だったね」  そう言いながら、男は煙草を咥える。  「昨日バーで飲んでたのは、覚えてる?」  「・・・はい」  「そこでカウンターで隣になって、一緒になって喋って飲んで、今に至る」  「はい・・・ん?いや、なんであなたの家に行く事になってんの?」  「俺の刺青を見て『全部見たい』って言うから」  家まで呼んだ。と言って紫煙を燻らす。  女は頭を抱えた。  「・・・とりあえず私が元凶なのはわかりました」  「いや俺もOKしたから。お互い様って事で」  はははっと笑う。  いくらなんでも危機感が無さすぎでは?と考えたが自分にも返ってくるので、女は堪えた。  「どうもご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした・・・」  「いいよいいよ。こちらこそなんで」  厳つい見た目の割に柔らかい物腰に少し安心する。  男は煙草を咥えたまま立ち上がる。  「お姉さん仕事は?時間大丈夫?」  「あ!あー・・・大丈夫じゃないけど、大丈夫」  「どっちなの?笑」  男はケラケラ笑った。  女は携帯の時計と上司からの着信を見てげんなりしながら、つられて笑う。  「・・・そろそろ帰りますね」  「帰り道わかる?送ろうか?」  「あ・・・大丈夫。ありがとうございます」  のろのろ立ち上がり床に転がった鞄を持つ。靴を履いて振り返ると、男が立っていた。左胸から脇腹まで彫られた黒い太陽と赤い薔薇のような刺青が目の前に映る。  目線を上げると鎖骨には荊のような模様。肩から腕にかけて、長袖を着ているような刺青。  「すげー見るじゃん。昨日も見たのに笑」  「あっ!ごめんなさい・・・!」  女は慌てて視線を逸らすと、男はまたクスクス笑った。  「・・・じゃあ、失礼します」  「うん。じゃあねー」  女は小さく頭を下げると、男はひらひら手を振る。  もう昼近い太陽の光に照らされながら、扉を閉めた。
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