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目を開いたら引っ越したばかりのマンションの寝室に居た。
身体が重くて、突っ張る腕を辿ると、点滴が繋がれている。
燕さんが来た事は容易に理解できた。
あの埠頭で意識を失くしたのは間違いない。
あそこからの記憶がないからだ。
どれくらい経ってるんだろう…
上半身を起こそうとしたら、腹のあたりに重みを感じて、そこに圭介さんが突っ伏して眠っている事に気がついた。
伏せた瞼。
長い睫毛。
俺は起き上がり、そっと圭介さんの頭を撫でた。
「ごめんね…圭介さんまで巻き込んじゃって…庵司のバカ…迷惑かけ過ぎだよな…」
髪に指を通すのが癖になっていた。
「庵司みたいに…キラキラ光らないな…」
圭介さんが眠っているのを良い事に、髪の束を撫でながら、クスッと自嘲した笑みが落ちた。
「綺麗な黒髪…」
庵司と正反対な髪色に溜息が溢れた。
「圭介さんが…庵司なら…」
そう呟いた瞬間、圭介さんが髪を撫でる俺の手を握った。
「けっ圭介さんっ!起きてたのっ?!」
ビックリして後ろに仰け反る俺の手首を離してくれない。
「雪乃くん…俺は君と居たいと思ってる。それはアイツが居た時から言ってたよね?」
俺は真剣な眼差しの圭介さんから戸惑うように視線を外した。
「アイツが店に来た時、このマンションの住所だけ書かれた紙が入った封筒を渡されてたんだ。雪乃くんが気絶して、ここへ連れてきたら燕さんって人とかち合って…話は…全部聞いた。」
「…圭介さん…俺なんかに構わないで。庵司の悪ふざけだよ…本当…ごめんなさい」
圭介さんは溜息を吐いた。
掴んでいた俺の手首を離して立ち上がる。
「ちょっと待ってて。夜、また来るからちゃんと寝てるんだよ」
バタンと寝室を出た圭介さんの足音は、玄関を出て行く。
俺は起こしていた上半身をベッドに倒した。
庵司の家と違う天井を、ただぼんやりと見つめていた。
フルフルと唇が震えて、噛み締めたところで、涙はこめかみを幾度も流れ落ちた。
庵司の
キラキラ光る髪を
神様
どうか返して下さい。
どうか
願いが
叶うなら…
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