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『日高…何さん?』
「…ゅ…雪乃」
消え入りそうな声で呟くと、男は血塗れの手で俺の頰を撫でた。
『へぇ…確かに雪みたいに白い綺麗な肌だな』
身体が
ズクンと何かを感じて
その瞬間、俺は膝を突いた姿勢からスッと立ち上がっていた。
払い除けた手を見つめている男を見下ろす。
「やっぱり、救急車呼びましょう!酷い怪我ですよ」
男は捨てられた犬のような目をして俺を見上げて来た。
『雪乃…救急車はヤダ』
ビクッと身体が反射的に強張った。
いきなり知ったばかりの名前を、しかもずっと女みたいでコンプレックスを感じて生きてきた名前を、優しく呼ぶから…。
「じゃぁ…どうすんですか…あんた血塗れじゃないか。」
立ち尽くした俺は拳を握り緊張を逃す。
『俺んちまで…肩かせよ』
「はっ?はぁ〜っ?」
『ホラ、心配なんだろ?助けろよ』
殴られて開かない片目で顔はぼろぼろのクセに彼は驚く程にカッコよくて、無遠慮だった。
屈んで片膝をつく。
腕を肩に回してゆっくり立ち上がらせた。
どうして手を貸したんだろう。
明らかにヤバい奴なのに…。
『イッ…てぇ。あぁ…あばらイッてるかなぁ』
「今時、こんなになるまで殴られるなんて、一体何したんですか」
何気なく呟くと、綺麗に整った顔が俺を覗き込み
『殺人』
といい加減に笑った。
「えっ!!うっ嘘でしょ?」
『あぁ、嘘だ』
「はぁ〜っ?!あんたねぇ…」
『あんたじゃない。庵司。一宮庵司くん。宜しくな』
ドキッと胸が鳴る。
聞き慣れない名前にだろうか、肩に回した非現実的な血塗れの手が
熱すぎたせいだろうか。
俺はその夜…
きっと罠にかかったんだ。
ただ平凡で偽りだらけの毎日から抜け出したいと
願うばかりに。
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