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破れない約束
ジョアンの養子に対して「長男」とか「次男」とか「三男」とかいう呼び方は適切じゃない。
何せ養子達は入れ替わっていく。
社会的底辺に生まれ落ちた特約契約者が見つかって保護される事態になれば、その度に増える。
そして進路が決まって独り立ちすれば出て行く。
なのでオリゲネス侯爵邸で育った養子・養女の数はかなりの数にのぼる。
進路も様々。
成人して大貴族の元で行儀見習い兼侍従として働く者もいれば、成人後の15歳からの入学となる国立の学園に入学し寮に入る者もいる。
本人の適性と本人の要望との兼ね合いで進路が決まっている。
現時点で養子の中で一番年長のパウロは学園通いで寮暮らしをしてるはずなのだが…
夏休み中という事もあり、侯爵邸に帰ってきていて、司政所でも事務方の文官見習いとしてアルバイトしている。
パウロは学園でこの国の公子の一人アントニオと友人になり、側近として侍るポジションに就くつもりでいるらしい。
将来の主人であるアントニオの役に立てるように金銭面での国家運営に関して勉強中。
そんな感じのジョアンの養子の一人、パウロが「契約有効化スキル」の持ち主としてヒョードルが招いた人間だった。
私としては顔を見た瞬間に嫌なものを感じた。
別にジョアンの養子達の侍従達が私にした嫌がらせを未だ根に持って恨んでるとか、そういうことじゃない。
雰囲気が汚れてるので
(色々と悪い事を考えてそうだ)
と感じてしまったのだ。
アウラの汚れは
「自分がされたら嫌な事を他人に対してやっておいて罪悪感も感じない」
という状態が長く続くことでドンドンひどくなっていく。
初めは「認知のユガミ」が反映しているような「雰囲気のユガミ」が起こり、そこに行動が加わると「色がつく」ような感じ。
そうした行動に矛盾が出てくると「相反する色の着いた水が混ざって濁った灰色になる」ような過程を経て、汚水みたいに汚れて腐臭まで放つようになる。
アウラが見える人間からするなら「アウラの汚れてる人間は気持ち悪い」のだが…
アウラの見えない人間達は気持ちの悪い人間と普通に関わる。
そのうちに自分のアウラにまでユガミが起きるような悪影響を受けても、それにも気づけない。
(元々ユガミがあったし、悪い仲間とツルんで行動的になればアウラが汚れるのは時間の問題ではあったとは思う。…でもこの国の公子はよくこんな子と仲良くできるよな。…逆にこの国の公子のほうが色々とおかしくて、その悪影響でこの子のアウラがここまで汚れてる?という可能性もあるのか…)
と考えているとヒョードルがギョッとした表情をした。
ヒョードルの視線の先を見ると
パウロと同じ17・18歳くらいの男が二人いて、気持ちの悪いニヤニヤ笑いをしていた。
パウロが微笑みながらお辞儀をして、ヒョードルが私を小突いてすぐに敬礼の姿勢を取ったので、未綺麗なほうの男が身分が高い人なのだということは分かった。
(まさか…)
と考えると少し気分が悪くなった。
「アントニオ様。今日はどういったご用件でこちらまで足をお運びになられたんですか?」
とパウロが尋ねると
「用というほどのことでもない。お前の仕事ぶりを見学しようと財務課に顔を出したら、総務課に呼び出されてると聞いたから、こちらまで押しかけてきたんだ。…それで?この者達は?」
とアントニオがパウロから私達のほうへ顔を向けた。
ジロジロこちらを見て値踏みしてるのがよく分かる。
考えてみれば、この国の公子などといった人種と遭遇するのは初めてだ。
この国の君主ティエール公爵と公爵夫人と第一公子は式典やら何やらで遠目から見る機会はあるものの、それ以外の公爵の家族ともなると見る機会も無かった。
「この人達はジョバンニお義父様の侍従です。スキルを使う頼まれごとを引き受けてくれないかと言う伝言だったので、どんな頼まれごとなのか詳しい話を聞こうと思って来たところだったんです」
「なるほど。『スキル』ね?…『オリゲネス侯爵が市井から才能ある子供を引き取って教育を施しては公務に就かせ手駒を増やしている』と言われる話の元凶にある特殊能力のことだな?お前は確か『鑑定』『読心術』『契約有効化』というスキルを持ってるんだったな?」
「はい。まだ未熟で読心術も相手に触れないとできませんが…」
「十分じゃないか?鑑定を使えば様々なモノの名前もその性質も、辞典が手元に無くてもその場で分かるんだろう?しかも他人を鑑定すれば相手がお前と同じように特殊能力を持った人間かどうかもわかる…」
「はい」
「それで?オリゲネス侯爵の侍従はパウロに何をさせたくてパウロを呼び出したのかな?私に言えないような後ろ暗い話ではないのなら、ぜひ聞かせて欲しい」
アントニオにそう言われてヒョードルが
「後ろ暗い話だなどと、めっそうもございません」
と深々頭を下げた。
内心では
(いちいちボンクラ公子がクチバシ突っ込んで来るなよ!)
と思っていそうだが…
ヒョードルが内心のいらだちをおくびにも出さず
「パウロの契約有効化スキルを使って破棄不能な約束を娘と(私と)したいと思ってます」
と話すと
アントニオが
「実は前々から『契約有効化スキル』を使った『破れない約束』が交わされる場面に立ち会いたいと思っていた」
と言い出した。
ティエール公爵の正妻である公爵夫人も側室も皆美人揃い。
母親似らしい整った顔立ちのアントニオだが…
(何?コイツ?…面倒くさ〜っ)
という思いが先に立ってしまい、とてもじゃないけど好意のカケラも持てない相手だな、と思った…。
それにアントニオの雰囲気のユガミはハンパない。
気持ち悪くなるほどのユガミ…。
「色付き」じゃないことからして、悪事を企んでも自分では実行せず、他人を誘導・教唆して自分の企んだ悪事を身代わりに自発的に行わせるような手口を繰り返してきてる頭脳犯なのかも知れない。
****************
アントニオとアントニオの侍従が見物人として立ち合う中でパウロが「契約有効化スキル」を発動。
スキルには大雑把に分けて
「選択発動型スキル」と「常態発動型スキル」とがある。
読心術能力
鑑定能力
契約有効化能力
隠遁能力
などといったスキルは「スキルを発動させる」と意図した時のみ発動するスキル。
容姿プラス補正
魅力プラス補正
総体的運気プラス補正
金運プラス補正
対人運プラス補正
総体的生命力プラス補正
肉体生命力プラス補正
精神生命力プラス補正
総体的体力プラス補正
肉体体力プラス補正
精神体力プラス補正
総体的知力プラス補正
認知力プラス補正
知略力プラス補正
総体的身体能力プラス補正
運動能力プラス補正
加工能力プラス補正
総体的安定力プラス補正
肉体安定力プラス補正
精神安定力プラス補正
などといったプラス補正スキルは「スキルを発動させる」と意図しなくても、スキル取得した瞬間から常時発動し続ける。
特約契約者はスキルを三つ持てるが、パウロのスキルは三つとも選択発動型。
選択発動型スキルは体力系や生命力系のステータスを消耗する。
なので慣れないと特に長時間発動し続けることはできない。
パウロの精神体力が消耗し尽くす前に終わらせるべく
「破れない約束」の文言をヒョードルが口にしてパウロが書面にしていく。
それからパウロが記名。
パウロのスキルで聖別された用紙がほのかに輝いた…。
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