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にわかに空がかき曇り、とはこんな天気を言うのだろう。
学校の帰り道、湿気の多い空気がひんやりと冷えてきた事に、嫌な予感を覚えていた。
河川敷沿いの、あまり人気のないバス道路。
広い空一面が、濃い灰色に覆われている。
これはまずい、と思った矢先に大粒の雨。
来た、と察して俺は走り出す。
前方には屋根のついたバス停がある。
そこへなんとかすべり込むと、あっという間に滝のような土砂降りになった。
「ひゃ〜」
まるで熱帯のスコールだ。
足元の飛沫に後ずさりながら、大粒の雨ごしに辺りを見回す。
すると、少し離れた河川敷側の土手に立った木の下にも、雨宿りらしき人影が見えた。
白っぽい服。丈が長そうなので、多分ワンピースだろう。
——あそこからここへ来る間に、ずぶ濡れになるだろうな。
とはいえ木の下は、枝や葉の間から雫がこぼれ落ちるので、案外濡れる。
できればこちらに来た方が安全だろう、と思った。
なにしろ最近は、雷雨になることも多い。先週の雷は、午後の授業中に学校のあちこちで悲鳴があがっていた。
「おー……」
い、と声を出そうとして。
「やめろ。顔の見えない相手を呼ぶもんじゃない」
後ろから、止められた。俺ははっとして口をつぐむ。
「放っておけ。こんな雨の中を、わざわざ呼ぶことはない」
男の声。俺は上げかけていた手を下ろした。
更に強まった雨の飛沫で、離れた場所がよく見えない。ひょっとしたら、人が立っているように見えたのも、見間違いかもしれない。
しばらく待っていると、ようやく雨のカーテンが途切れてきた。
バス停を出て近づいてみると、下に人がいるように思えたのは、やはり錯覚だったらしい。
壊れた白い立て看板が、木の幹に寄りかかっていた。
『注意! 知らない人に 呼ばれても ついていかない こたえない』
注意、の赤い字がかすれて消えかかっているが、そんな標語らしきものが書いてあった。
もしこの木の下に人がいたとして、この看板を見た後に俺の呼びかけに応えるのは躊躇したろうな——と思うと、少しおかしくなった。
……さて。
振り向いたバス停には相変わらず誰もいないのだが、あれは誰の声だったんだろう。
そしてここにいたはずの人影は、本当に見間違いだったのだろうか?
『顔の見えない相手を、呼ぶものじゃない』
確かに聞いた。
先程の雨でびっしょりと濡れた歩道を、俺はまた歩き出す。早足で。振り向かずに。
はるか向こうの雲の切れ間に、黄昏時の空が見えた。
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