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龍護る女たち
彼の地、越来は、首里は、勝連はどうなっているのでしょう。
そんなことを考えても刹那、すぐに私の思考は現実に戻されてしまいます。
「母上様、もう少しの辛抱です。お願いですから足を前に動かしてください」
「……真乙、お願いです。母のことなど気にせずに行ってください」
母上様の足に目をやるとどこかで痛めてしまったのでしょう。目も当てられないほどに腫れ上がってしまっております。
「母上、私の背にお乗り下さい」
兄上様が母上様を背に乗せて走り出します。私もその後ろを必死に走ります。
もつれる足、息をするのが辛いと思うほど荒くなる呼吸。足を止めてしまえばいいのですが、そうすることもできません。
「兄上様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
先ほどから酷く強い雨が降り始めたからでしょう。追っ手の姿は見えなくなりました。背に乗ってるとはいえ、母上様もお辛そう。母上様を背に乗せて走っておられた兄上様もとても苦しそう。
「少しだけ休憩しましょう。この雨でしたら追っ手もたじろいでしまいましょう」
母上様のお体を支えながら、木の根元に横になって頂きます。
酷くやつれたお顔。おじい様が亡くなってから、母上様は心休まることはなかったのでしょう。私が首里城から離れている間、母上様がどのような時を過ごしていたのか。想像するのは難しくありません。ですが、その苦しみは母上様にしかわからないものでしょう。
「このまま、少しでも寝てもらいましょう。母上様はとてもお疲れのようです」
「だが、追っ手に気づかれてはお終いだ。辛いのはわかっているが、今だけは母上に無理をしてもらわなくては」
わかっております。えぇ、わかっております。
あの追っ手に見つかってしまっては、私たち皆が殺されてしまうことでしょう。
それだけは避けねばなりません。二人のおじい様と父上様の血を絶やしてはなりません。
この国、琉球を統一した尚巴志王を父にもつ尚泰久王。そのお方が私たちの父上様。
尚巴志王に仕え、琉球統一にご尽力した武将である護佐丸様。その護佐丸の娘として生まれ、尚泰久王に嫁いだのが私たちの母上様。
二人の兄と私、そして一人の弟と妹。私たち五人は王の子として過ごしておりました。
それももう、昔のお話にございます。
「兄上様、私が今からすることはお忘れください。母上様に真乙ははぐれた、と。そうお伝えくださいませ」
血を絶やしてはならないのです。
琉球の王であった父上様の。謀反人護佐丸の娘の烙印を押されてしまった母上の。
一人でもこの血をもつ者がいれば、それで十分にございます。
「このようなところにて今生の別れになるなど、思ってもみませんでした」
兄上様は何も言いません。
私が何をするか、これからどういう目に合うのか。賢い兄上様は全てわかっておられます。
兄上様がお止めにならない。それはつまり、私の考えが正しいということ。これしかないのでしょう。
「私真乙、これが今生の別れになりましょう。どうか逃げ延びてください。決して殺されてはなりません。死んではなりません。この血を絶やしてはなりません。真乙最後の願い、どうか叶えてくださいまし」
父上様。すぐにそちらに向かうことになるとは思っておりませんでした。おじい様も阿摩和利様も、賢雄もいらっしゃることでしょう。
母上様方を残して逝く私のことを、どうか広い心でお受け入れ下さい。
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