世界の端で君の歌を聞かせて

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夢中でSNSをチェックしていると、寝室のドアが開いた。顔を上げるとお風呂上がりのさっぱりした顔の歩がいた。まっすぐこちらに近付いて来た彼はベッドの端に腰掛け、スマートフォンを取り出す。私はすぐさま歩の左隣に移動した。歩は「見てよ」とスマートフォンの画面を私に見せてくれた。 「ハルユキから。ファンがハッシュタグを作ってくれたって」 「え、そうなの?どれどれ?」 私は慌てて画面を覗き込む。ライブに感動した有志のファングループが作ったのは【#リリロジを信じてよかった】というハッシュタグだった。 そのタグを使った投稿はすでに5万件を超えており、ライブに来たファンだけでなく、無事に東京ドーム公演を終えたLyric Logicへのはなむけとして使っているファンも多いようだ。 「すごいね……リリロジってたくさんの人に愛されてるんだね」 「ほんと、ありがたいよ。東京ドーム公演だって、始まりは俺の個人的な夢に周りを巻き込んだだけだったのにさ。……それをこんなにお祝いしてもらえるなんて」 そこで言葉を止めた歩が私を振り返る。そして「俺たち、幸せ者だね」と微笑んだ。 歩の言う通り、夢を叶えた彼も、好きな人の夢を叶える瞬間を見せてもらえた私も幸せ者だ。私は深く頷いた後、「ありがとう」と伝えた。 「俺はね、もう透和(とわ)しかいないって思ってる」 「ん?なんの話?」 「まぁとりあえず聞いててよ。俺にはまだまだやりたいこと、チャレンジしたいことがあってさ、その目標を追い続けるには透和の支えが必要だし、達成する時を透和に見届けて欲しいんだ。だからさ……この先もずっと、末長く、俺の隣にいて欲しいなって」 話をするうちに歩の顔は赤く染まり、そして私から目を逸らし、顔を俯けた。シルバーのピアスが輝く耳まで真っ赤になっている。そんな彼の名前を私はそっと呼んだ。 「私こそ……末長く、よろしくお願いします」 「はい、お願いされました」 なにそれと笑い合った後、どちらからともなくキスをした。悪戯心が湧いた私が「今日はここまで?」と問い掛けると、歩が「ここまで。煽らないで」と困ったように笑った。2人で一つの布団に包まると、歩はすぐに私を抱きしめた。そして「このまま寝たい」と言うので、私は「いいよ」と頷いた。 「歩の次の夢はなんなの?」 「そうだね……俺たちの音楽で世界征服かな」 「世界征服?物騒だね」 「日本の次は世界でしょ。いつか世界のリリロジになるなら」 思わず「それは無理だよ」と言いそうになったが、私はその言葉を飲み込む。 そして歩を見上げ「世界一になるところを見せてね」と伝えた。歩は私の髪を撫でながら「楽しみにしてて」とはにかんだ。 「歩に歌って欲しいなぁ。ねぇ私だけのために歌ってくれる?」 「なに?いつになく甘えるね。いいよ。透和のために、なんでも歌ってやるよ 」 「じゃあ……私と歩の歌」 私がそうお願いすると歩は「俺たちの歌?」と不思議そうな顔をする。しばらくして意味に気付いたらしく、「分かった。【ワンダートラベラー】ね」と笑ってくれた。私は「歌って」と目と鼻の先にある大好きな人の顔を見上げた。歩の唇が解け、息を吸う音がした。 春風みたい—— 高校1年生の私がそう褒めた歌声は今も変わらず柔らかく、そして優しい。その歌声が私の言葉をなぞっていくのが幸せで、テンションが上がった私は2番から一緒に歌った。相変わらず私は歌が下手くそだが、楽しく歌うのを意識して自分の言葉を唇から紡いだ。 ——世界の端で君の歌を聞かせて 最後まで歌い終えた私は、じっと歩を見つめる。そして手を伸ばし、彼の頬を撫でた。 「これからも、歌い続けてね。私が聞いてるからね」 「……当たり前じゃん」 歩は強く私を抱きしめ、「これからも俺は透和のために歌い続けるから」と囁いてくれた。 私の願いはただ1つ。 これからもずっと歩の歌を聞き続けたい、それだけだ。 大好きな彼をもう二度と手放さないし、見失わない。 世界から音楽がなくなっても、私はその先も君と一緒に居続けたい。 私にはもう、君しかいないんだ。 だから—— 世界から音楽が無くなる日までずっと、君トワの歌を聞かせてね。
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